実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『逃亡(策馬入林)』(王童)[C1984-44]

東京国際映画祭25本めは、同じくシネマート六本木で王童(ワン・トン)監督の『逃亡』(TIFF紹介ページ)。アジアの風・ディスカバー亜州電影【生誕100年記念〜KUROSAWA魂 in アジア中東】の一本。中国を舞台にした時代劇なので、もっと前のものかと思っていたが、『海をみつめる日』[C1983-40]の次の作品。

ジャンルとしてはいちおうアクション映画なのかもしれないが、目のさめるようなアクションを見せる映画というよりは、不景気な時代の盗賊の不景気な日常を描いた映画。襲撃は失敗し、雨は降り続き、新たな仕事はなく、食糧は不足し、志気は低下し、仲間の団結は崩れ、不安な気分をはらんだ陰鬱な空気がスクリーンを覆う。しかし、この陰鬱な雰囲気がなんともいえずよい。

ストーリーは、このような滅んでいく盗賊の物語に、盗賊の何南と人質の娘・弾珠とのロマンスを絡めたもの。何南は弾珠を無理やりモノにするが、だんだん弾珠にも愛情が芽生えてくる。最後に敗走するふたりは盗賊をやめて南で定住しようとするが、足を洗おうと決めたら死ぬというのがこういうストーリーの定石である。弾珠は両親が雇った男に会い、何南を捨てて家と親を選び、追いかけた何南は凄惨な最期を遂げる。

何南と弾珠に関していえばお決まりのストーリーではあるが、弾珠が次第に心を開いていくのに反して、どんどん濃くなっていく陰鬱な空気がこの映画の悲しい結末を予言していて、否応なしに悲劇へと運ばれていく感じがいい。弾珠を演じる張盈真(チャン・インチェン)は、野性味を帯びた大人びた美しさと目ヂカラが魅力的。何南を演じる馬如風(マー・ルーフォン)も、影のある表情がいい。張盈真はこれより前に『光陰的故事』[C1982-35]などにも出ていて、なんと『牯嶺街少年殺人事件』[C1991-16]では小明(楊靜怡)のおかあさんを演じている。

脚本に蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)が参加。撮影の二番めに李屏賓(リー・ピンビン)、撮影助手には張作驥(チャン・ツォーチ)作品を撮っている張展(チャン・チャン)。草原のロングショットや林の木洩れ日が美しい。