実録 亞細亞とキネマと旅鴉

サイトやFlickrの更新情報、映画や本の感想(ネタばれあり)、日記(Twitter/Instagramまとめ)などを書いています。

『重慶ブルース(日照重慶)』(王小帥)[C2010-27]

東京国際映画祭26本め、最後の1本は、同じくシネマート六本木で王小帥(ワン・シャオシュアイ)監督の『重慶ブルース』(TIFF紹介ページ)。アジアの風・アジア中東パノラマの一本。一年のうちに王小帥の映画が二本も観られるとは、なんてうれしいんだろう。しかも映画祭のトリを飾るのにふさわしい傑作である。

母親と暮らしていた息子が人質事件を起こして射殺されたことを知った父親が、かつて住んでいた重慶を訪れ、事件の真相を調べる、という話。人を傷つけ、人質をとってたてこもったとはいえ、人殺しもしていないのに射殺されたのは腑に落ちない、というのが当初の動機だったが、父親はやがて、自分が息子の顔も思い出せないことに気づく。真相究明の旅は、次第に息子を知るための旅となっていく。

この映画は、父親が索道(ロープウェイ)に乗って重慶市中心部に入るところから始まり、ふたたび索道に乗って出ていくところで終わる。興味深いのは、重慶を旅することと、息子について調べることとが重ねられていることだ。重慶はかつて住んでいた街であり、よく知っている場所、懐かしい場所もたくさんある。しかし今では大きく変貌し、高層マンションや大きなショッピングセンターなど、全く未知の場所もまたたくさんある。同様に、息子はかつて一緒に暮らした自分の子供であり、よく知っている部分もある。一方、長いあいだ会っておらず、成長した息子のことは何ひとつ知らない。父親は、重慶をなかば手さぐりで歩きながら、息子というひとりの人間の人物像をなんとか作りあげようとする。

ひとつの場所が繰り返し出てきたり、特別きれいな風景が出てきたりするわけではないが、古い街並みや新しく発展した場所などいろいろな重慶が登場し、それが主人公の心情と重ねられていることで深い印象を残す。ぜひとも重慶を訪れてみたいと思わないではいられない。

離婚してから一度も重慶を訪れず、一度も息子に会わなかったのにどのような事情があったのかはわからない。今になって父親面をすることに対して、母親や息子の友人は反発する。実は彼らは彼らなりに、事件のことを忘れたい理由もあるのだ。航海に出ていたため事件から何ヵ月も経っていて、すでに片づいた事件、忘れたいできごとを掘り起こされることに、警察や被害者は困惑する。しかし、息子のことを知りたいという父親の真摯な気持ち、最後に息子に会った人として、被害者や人質や射殺した刑事と話をしたいという態度が、だんだん彼らの頑なな態度をとかしていくさまや、息子がどれだけ父親を求めていたかという事実をきちんと受け止めようとする父親の姿に、深く心を動かされる。

この旅は、はじめから手遅れの旅である。なぜなら息子はもう死んでしまっているのだから。しかし同時にまだ手遅れではない。残された者たちがこれから生きていくために。そして彼の新しい息子のために。そこに希望がある。

父親を演じているのは、『黄色い大地[C1984-16]や『大閲兵』[C1985-45]の王學圻(ワン・シュエチー)。その後もコンスタントに映画に出ていて、わたしも見ていないわけではないようだが、当時の青年の印象しかないので、いきなりオヤジになっていていささかショックを受けた。息子の友人役には『スプリング・フィーバー[C2009-24]の秦昊(チン・ハオ)。1年のあいだにイケメン度が増している。ほかに、人質になった女医役に范冰冰(ファン・ビンビン)。

原題“日照重慶”の‘日照’は山東省日照市。父親が再婚して現在住んでいるところで、事件の前に息子が友人やガールフレンドとそこを訪れていたことがわかる。‘重慶’はもちろん舞台となった重慶市

より大きな地図で 映画の舞台・ロケ地 を表示