実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『父子』(譚家明)[C2006-14]

電車で渋谷へ移動。今日の二本目、映画祭十四本目は、やはりアジアの風で、譚家明(パトリック・タム)監督の『父子』(公式)。17年ぶりの新作ということでとても楽しみにしていた一本だが、実は譚家明の映画は『レスリー・チャン 嵐の青春(烈火青春)』(asin:B0008JH664)[C1982-37]しか観ていない。『最後勝利』(asin:B000069L1U)は以前LDを持っていたし、今もDVDを持っているのだが、実は最後まで観ていなかったりする。

『父子』は、マレーシアの華人社会を舞台に、まっとうに生きられないダメ親父・郭富城(アーロン・クォック)と、父を愛するよい子であるがゆえに堕落の道を歩んでしまう息子を描いた150分の力作。最後に暴力的に親子の絆を断ち切ることによって、初めてそれぞれが立ち直ることができる。

この映画の一番の魅力は、なんといってもマレーシア・ロケである。李屏賓(リー・ピンビン)のキャメラで切り取られるマレーシアの街並み、自然、屋内のたたずまい。すべてがすばらしく、美しすぎる。舞台がマレーシアであることを全然知らずに観はじめて、最初に気づいたのは、冒頭すぐに出てくる‘BAS SEKOLAH’と書かれた黄色いスクールバス。統一規格らしく、マレーシアのどこでも見かけるスクールバスだが、私はこのキュートなバスのファンなのですごく嬉しく、この時点ですでにハイ・テンションになった。これ以降、マレーシア印なものを見つけてはひとり興奮する150分間だった。郭富城が住んでいるのは、繁華街をはずれた郊外にある一軒家の庶民的な華人住宅で、バトパハなどで見かけたほとんどそのままの雰囲気。ショップハウスの並ぶ街並みや、その中の旅社やコーヒーショップも登場する。外から買ってきたものが食卓に並ぶと、その中にはサテなどが混じっており、まさしくマレーシアの食べ物である。オリジナル音楽はちょっと盛り上げすぎな感じだったが、そのほかにシティ・ヌルハリザなどのマレー歌謡がところどころ流れて、これも嬉しかった。

残念ながら、出てくる街はどこなのかわからない。クレジットにはイポーの文字がたくさんあったようだが、イポー近辺で撮っているのだろうか。ジョホール・バルに日帰りしているようだったところからみると、想定はもっと南のほうではないかと思われるのだが。借金取りから逃れるために移った街(もといたところとあまり離れていないようだ)は、息子は鴻樂(ホンロッ)と言っていた。ただしこれは旅社の名前だったので、街の名前ではないのかもしれない。

マレーシア華人のほとんどは、広東語を話したり理解したりできるのだと思うが、母語は福建語だったり客家語だったり様々である。この映画では、出てくる華人がみな、広東語が母語のようだった点はちょっとリアルではないと思った。

郭富城が演じる父親は、博奕の借金を博奕で取り返そうとしたり、真面目に働くと言ったそばから息子に盗みをさせたりするどうしようもない男である。だけどそれは、今日は早く寝て明日から勉強しようとか、今日は早く帰って明日から真面目に働こうとか、そういう誰もがやっていることの延長線上にあるものであり、あまりのダメさにイライラする一方で、親しみを感じてしまうところもある。郭富城は、そのアイドル的な魅力を生かしてそういった憎めなさも匂わせ、なかなか好演していたと思う。ただちょいと熱演しすぎなので、もう少し抑え気味にしてほしかった。夫に愛想を尽かして家を出てしまう母親を演じているのは楊采妮(チャーリー・ヤン)。一度引退する前は幼さの残る顔立ちだったのに、カムバック後は妙に老けてしまったのが気になってしかたがない。