実録 亞細亞とキネマと旅鴉

サイトやFlickrの更新情報、映画や本の感想(ネタばれあり)、日記(Twitter/Instagramまとめ)などを書いています。

『Rain Dogs(太陽雨)』(何宇恆)[C2006-15]

時間がないので『父子』のティーチインはパスし、再び電車で六本木へ。六本木ヒルズの地下で焼きそばを買ってかきこむ。今日の三本目、映画祭十五本目は、やはりアジアの風で、何宇恆(ホー・ユーハン)監督の『Rain Dogs』(公式)。「マレーシア映画新潮」の一本で、今回期待していたもののひとつ。

映画は、大学の合格発表を待つ少年(關進偉)のふたつの場所への旅を通して、彼の成長を描いたもの。ひとつめの場所は兄の住む大都市で、おそらくKL(クアラルンプール)だと思われる。彼はまず、兄を訪ねて行って数日滞在するが、その兄が殺されたため、母親と共に再び訪れることになる。ふたつめの場所は伯父の住む港町で、母親と揉めたために家出同然で伯父を訪ね、休暇中滞在することになる。少年の家はマレーシアの片田舎にあり、『父子』と同様、ふつうの一軒家(ショップハウスではないという意味)であり、彼はそこに母親と二人で住んでいる。彼の一家をはじめ、登場人物の主な言語は、これも『父子』と同じく広東語である。

この映画にはまっとうな、立派な人は出てこない。少年の兄はヤクザだし(関係ないが、「たましひ」と書いたTシャツを着ていた)、伯父は密輸かなにかをやっているし、母親は金をせびるロクでもなさそうな男と付き合っている。だけど心底悪い人も出てこない。少年は、兄の死をはじめとして、美人局に遭ったり、お金をなくしたり、リンチを見せられたり、バイクを盗まれたり、様々な嫌なことを体験する。一方で新たな出会いもある。そういった様々な体験を通して、少年は自分の足で歩くことを学び、タフさを身につけていく。

キャメラは、様々な彼の体験を、少し離れてただ淡々と写し取っていく。夜や室内のシーンが多く、少年の不安を表すかのように全体的に暗めのトーンで、緊張感のある闇の映像が印象的。マレーシアの空気感もよく出ていて、木漏れ日のシーンやラストの風景も美しい。

この映画は、FOCUS FILMSの‘FIRST CUTS 亞洲新星導’の一本で、たしか一般公開が決まっているはずだ。地味ではあるがとてもいい映画なので、ぜひとも多くの人に観てほしい。

上映後、何宇恆監督と、ヤクザを演じていた張子夫(ピート・テオ)氏をゲストに、ティーチインが行われた。監督は、失礼ながらちょいとチンピラっぽい雰囲気。観客の質問の中に、「東南アジアの映画を観るのは初めてで、行ったこともないので、馴染みのない習慣などが出てきて理解できないところが多々あった」といったコメントがあった。私はマレーシアに行ったことがあるし、多少の知識もあるので見落としているかもしれないが、何か馴染みのないようなものが出てきたのか考えてみても全然思い浮かばない。質問者はどういうところが理解できなかったのか、具体的に聞かないと本当は何も言えないのだけれど、知らないから、行ったことがないから、馴染みのない、未知のものに違いないという先入観を持って見てしまうことは、異文化理解を妨げることになるのではないかという危惧を感じた。自分が知らないからといって、必ずしも国や民族の違いによるものとは限らない。実は隣の家でもやっていることかもしれないのだから。それ以前に、マレーシアの華人社会というかなり個別的な状況を「東南アジア」と括ってしまうことに大きな違和感を感じたが、それについてはとりあえず措いておく。この観客の質問は、「日本をどう思うか」というちょっと困ったものだったが、その回答で、何宇恆は成瀬巳喜男好きということがわかったので、この質問にもけっこう意義があった。