実録 亞細亞とキネマと旅鴉

サイトやFlickrの更新情報、映画や本の感想(ネタばれあり)、日記(Twitter/Instagramまとめ)などを書いています。

『人山人海(人山人海)』(蔡尚君)[C2011-28]

有楽町朝日ホールで、蔡尚君(ツァイ・シャンジュン*)監督の『人山人海』(東京フィルメックス)を観る。第12回東京フィルメックスの特別招待作品の一本。「人山人海」(黒山の人だかり)って中国のことだよな、と思った。

弟を殺された男・老鐵(陳建斌(チェン・ジェンビン/チェン・ジエンビン*))が、逃亡した犯人の蕭強(吳秀波(ウー・シウボー*))を探して復讐の旅をするロードムービー。殺された男と老鐵との関係がなかなかわからないのをはじめとして、説明は省きすぎるくらいに省かれ、必要な説明もあとからなされることが多い。長回し中心の寡黙な映像によって、映画は異様な緊張感をはらんで進んでいく。

老鐵が住んでいるは貴州省六盤水市。石灰の生産拠点ということで、石灰石を採取しているやけに白い山が印象的。老鐵がまず最初に向かうのは、最寄りの大都会・重慶市。そこのスラムの様子、麻薬売買をしている友人、ニセ(?)警官などが生々しく描かれる。重慶で手がかりを得られなかった老鐵はいったん家に戻るが、蕭強が山西の炭鉱で目撃されたとの情報をもとに、山西省の闇炭鉱で坑夫として働きながら復讐の機会を待つ。ここでも、暴力が日常的な闇炭鉱の様子が生々しく描かれる。

ここ10年くらいの中国映画は、四川省重慶市貴州省あたりを舞台にしたもの、山西省を舞台にしたものが多い。この映画は、その一方からもう一方へ移動し、両方が描かれるという意味でも興味深い。もっとも、クレジットを見たところでは、炭鉱のロケ地は山西省ではなく内蒙古自治區かもしれない。

復讐物語といっても、そう単純ではなく屈折している。老鐵は、仕事で怪我をさせた男への賠償金の支払いという重荷を背負っているし、貴州の家庭のほかに重慶にも子供がいて、正義感あふれるまっすぐな主人公といったイメージにはほど遠い。彼がどれだけ弟思いだったか、どれだけ弟と仲がよかったかといったことはいっさい描かれない(好感度大)。老鐵は単純に復讐に向かうのではなく、犯人を捜そうとしたりやめたり、占いを呼んだり、復讐を決めるまでにかなり逡巡する。地元の警察はけっこうがんばってくれるが、他省へ逃げたら捜査協力に問題があると言われるし、老鐵の復讐を警戒しつつ、彼の行動や情報に期待しているところがある。老鐵は、みずからの足で歩き、炭鉱労働などの苦境に身を置くうちに変容していったのかどうなのか、最後に単純な復讐には向かわない。

スラムや闇炭鉱など、中国の暗部が描かれているということよりも、その描かれているスラムや闇炭鉱そのもののパワーに圧倒される。どこまでが本物でどこからが偽物かわからないが、かなり本物が使われているのではないだろうか。ゴンゾウ部屋は日本のヤクザ映画でもおなじみだが、暴力が日常的であるのは同じでも、ヤクザ映画ではそこに賑やかさや仲間意識がある。この映画の、互いに交流のない、静かなゴンゾウ部屋の雰囲気は異様。

出てくる場所や映像のパワーのほかに特筆すべきは、老鐵を演じた陳建斌の存在感だ。ちょっと眼光が鋭いけれどふつうのおっさんなのに、彼が存在しているだけで画面がしまる、独特のたたずまい。ちなみに彼は、『四川のうた[C2008-23]で百恵ちゃん大好きおじさんを演じていた人。あれもよかったけれど、今回は全然別の雰囲気だった。