実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『どたんば』(内田吐夢)[C1957-33]

3週連続同じ電車で渋谷へ。「イタリア萬歳!」には行けないまま、シネマヴェーラ渋谷の特集は今日から「内田吐夢百十年祭」。「内田吐夢、やったー」と思ったら、ほとんど観た映画ばかりだった。今日は、全く未見の『どたんば』(goo映画)を観る。

個人経営の小さな炭鉱で落盤事故が起き、5人が生き埋めになった事件を描いた映画。まず、雨の中を一両編成の電車が走り、道路脇に警官の姿をした交通安全の看板(たしか「徐行」と書かれていたと思う)が立っているオープニングが印象的。この看板は映画中繰り返し出てきてそのたびに目を惹き、そのユニークなたたずまいが渋くていちいち喜んでいた。そんな雨の朝の炭鉱の風景から始まって、事故が発生して被害者が救出されるまでの100時間をスピーディに描いた、なかなか見ごたえのある映画だった。

誰が主役ということのない群像劇で、登場人物も多い。炭鉱の経営者、そこで働く労働者、被害者の家族、救助を指揮する役人、救助活動をする近隣炭鉱の労働者、新聞などマスコミ関係者…。それらの人物が次々に登場し、その背景や関係を含め、非常に手際よく紹介される。また、経営者と被害者家族、対策本部と朝鮮人坑夫といった対立を含む様々な人間模様が、緊迫感たっぷりに描かれる。すかさずやって来るアイスキャンデー売りや、どこからか現れて断食救出祈願をするお坊さん(このお坊さんが高堂国典というのがまたいい)など、様々な思惑をもつ人々がひとつの事件の現場に寄り集まっているさまが興味深い。事故発生から時間が経ち、生存の可能性が薄れていくにつれ、現場で話される話題、現場の空気、登場人物の心情や考え、人間関係などが徐々に変化をみせていく様子も丁寧に描かれている(しかし90時間経って初めて、生存可能時間を医者に訊くっていうのはちょっとどうなんでしょうか…)。

どう展開するかわからないサスペンスフルな前半から、次第に5人は無事に救出されるに違いないという展開になっていき、興味はどうやって救出されるかに移っていく。それが外部から来た救世主によってもたらされる点が、いささか納得性に欠ける。救世主が朝の電車から降りてくるという登場のしかたはなかなかいいので、これががそれなりのスターであれば「待ってました」という感じで盛り上がる。ところが波島進という冴えない人なので、ちょっとご都合主義的な印象は否めない。

経営者の加藤嘉は、冒頭の商売に抜け目なさそうなところから始まって、その様子の変化が丁寧に描写されていて、終盤近くですべての責任を引き受ける覚悟をするシーンは、事件発生直後の「芝居だな」と思わせる謝罪の様子と対比されて感動的である。しかしここで彼が改心してしまい、ほかの対立も解消され、みなが協力したすえに5人が生きて救出されるため、最後がめでたく盛り上がっていささかクサいのが残念。

出演者は地味なようで案外豪華。最初にクレジットされている江原真二郎は、好きな女の子のいる炭鉱に就職しようとやってきた青年役で、とにかく若い。若いというよりほとんど子供で、後年の個性は皆無。江原真二郎というより歯みがきのコマーシャルに出ていた息子のよう。最初少し出てきたと思ったら、すぐに被害者になってほとんど出番がなくなってしまい、主役でもなんでもなかった。なにげに朝鮮人労働者のリーダーを演じている岡田英次がなかなか渋い。J先生は、組合長だかなんだかの山本麟一と、救助活動を指揮する東野英治郎が活躍するので大喜び。やまりんは珍しく弁の立つ役。時々芝居がクサい人がいるのが気になった。