実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『玄海灘は知っている(현해탄은 알고 있다)』(金綺泳)[C1961-42]

TOHOシネマズ六本木ヒルズで、金綺泳(キム・ギヨン)監督の『玄海灘は知っている』(東京国際映画祭)を観る。第24回東京国際映画祭のアジアの風部門ディスカバー亜州電影の一本。

2年前の上映時には観られなかったが、なにやらすごいらしいと聞いていたので、今回は1回だけの上映を逃さず観る。金綺泳だから当然かもしれないが、こちらの嗜好とか指向とかを差し挟む余地のない、有無をいわさぬ破壊力であった。

舞台は1944年の名古屋、朝鮮人学徒志願兵が配属された日本軍の部隊。時おり挿入される名古屋城のショットが楽しい。登場人物には朝鮮人と日本人がいて、話されている言語は大半が日本語のはずだが、もちろん純然たる韓国映画なので、演じるのは韓国人で言葉は韓国語。役柄を把握しないと朝鮮人か日本人かわからないのがめんどくさい。

主な登場人物は、劉燁(リウ・イエ*)風の朝鮮人志願兵・阿魯雲(金雲夏(キム・ウンハ))、津島恵子風(いや、似てないけれどなんとなくイメージとして)日本人女性・秀子(孔美都里(コン・ミドリ))、木暮実千代風のその母親、阿魯雲に従妹の秀子を紹介してくれる中村上等兵(金振奎(キム・ジンギュ))、阿魯雲たちをいじめる森上等兵(李芸春(イ・イェチュン))など。最初のほうは軍隊が舞台で、上官が朝鮮人新兵をいじめるところが執拗に描かれる。しかし、これらの描写は日本映画で日本人の新兵をいじめるシーンとあまり変わらず、差別的な発言はあるものの、朝鮮人だから特別にいじめているという感じはあまりしなかった。阿魯雲に軍靴の裏についたうんこを舐めさせるのは別だけど。むしろ、親切な中村上等兵や、朝鮮人の待遇改善を命じる将校など、日本人がいい人すぎる感じ。

このようにしてすっかり軍隊ものだと思わせておいて、主な舞台は秀子の家へと移っていく。この秀子という女性、最初から「日本にはお客様の背中を流してあげる習慣があります」とか言ってお風呂に入ってきたりする。まさか「とんでも日本文化ものか」と思ったら、実は阿魯雲のハダカが見たいばっかりに、ありもしない習慣を捏造したことがわかる。そんなことをしているうちにふたりは親しくなり、ついに結ばれるのだが、常に積極的な秀子主導な雰囲気。このフィルムは映像または音声が欠落した箇所がいくつかあり、ちょうどこのふたりが結ばれるシーンも映像が欠落している。音声はぜんぜんすごくないのだけれど、映像はすごすぎて検閲で黒塗りになったんじゃないかなどと妄想させられて楽しい。

こうしてすっかり純愛ものになってきたところで、秀子の妊娠を知った木暮実千代が「ふたりで逃げなさい」と提案。阿魯雲が軍隊を脱走するという、かなり予想外の展開に。逃走劇になったところで今度は名古屋大空襲でふたりははなればなれに。

そしてラスト。被害を隠すため、軍は犠牲者をまとめて焼いてしまおうとし、その死体の山の中に気を失った阿魯雲がいる。油をまかれ、もう少しで焼かれそうになったところで意識を取り戻して突然復活。ゾンビのように立ち上がり、彼を捜していた秀子と再会。それを機に、遺体を確認しようと集まっていた群衆が雪崩れこみ、秀子と阿魯雲は手に手をとって去っていく。

映像の圧倒的なパワーと想像を超えた展開が、ラストに向かって加速していくところが金綺泳。ただただ圧倒され、最後はお口ぽかん状態。「なんだかすごいもん観た」と呆然として終わった。ほんとにすごいもん観た。