実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『鉄西区 第3部:鉄路(鐵西區 鐵路)』(王兵)[C2003-37]

オーディトリウム渋谷の特集「ワン・ビン(王兵)全作一挙上映!」(公式)で、『鉄西区 第3部:鉄路』を観る。130分。思わず「短いっ」と思ってしまうが、ふつうの映画に比べたら十分長い。

『第1部:工場』[C2003-35]、『第2部:街』[C2003-36]と同じく、1999年から2001年にかけての遼寧省瀋陽市鐵西區を描いたドキュメンタリー。今度は、鐵西區の工業地帯で原材料の運搬などを行う鉄道に焦点を当てる。

最初のほうは、第1部と同じように、鉄道作業員たちが働く様子と休憩室で談笑する様子とが描かれる(ただし、全裸にはならない)。しかし次第に、杜錫雲(ドゥー・シーユン*)、杜洋(ドゥー・ヤン*)という親子が主役の座に躍りでる。このふたりは鉄道に同乗し、作業員たちが工場へ暖房用の石炭を盗みに行くのを手伝ったりしているが、実は鉄道の職員ではないことが明らかになる。ふたりは線路沿いのバラックに違法に住み、父親が屑拾いをしたり盗んだ石炭を売ったりして暮らしており、息子はどの仕事も長続きせず、現在は無職。

やがて、家中ベッドのようなこの親子の家へカメラが入り、父親が身の上話をしたりする。家での撮影という明らかに非日常的な出来事であり、カメラとの距離が近いにもかかわらず、息子の杜洋は、カメラにも父親の話にも異様に無関心である。虚ろな目つきで煙草を吸う様子は、とても演じてできるものではない。

それだけでもかなり特別な被写体なのだが、父親が石炭泥棒として逮捕されると、この杜洋が変貌する。まず、写真の束を取り出してきて、昔父親と撮った写真や、家族を捨てた母親の写真を眺め、大粒の涙をこぼし、鼻水とともに流す。このあたりもカメラを意識している様子はなく、撮影用の行為には見えない。さらに父親が釈放されてレストランでささやかな夕食を共にすると、17歳のくせに酒を飲んで変貌する(酒癖悪すぎ)。自分がどんなに心配したかを訴え、父親にももっと自分のことを心配するように要求して暴れまわる。若さを感じさせなかった最初の様子とはうってかわって幼さ全開である。

最初にこの親子を撮ろうと思ったときは、息子がこんなに化けるとはわからなかったはずで、こういうところがドキュメンタリーのおもしろさのひとつなんだろうと思う。

映画は、この親子が線路沿いの家を去って、別の場所で新しい生活を始めるところまで見届ける。ここで衝撃的なのは、冒頭インポだと語っていた父親に、しっかりガールフレンドができていることである。ちなみに家を出た母親については多くは語られないが、杜錫雲よりずっと若く、最初からあまりうまくいっていなかったようだ。若い奥さんといえば少数民族、と思ってしまうが、一人っ子世代なのに息子もふたりいるし、やはりそうなのだろうか。

鉄道は第1部でもたくさん出てきたが、今度は夜のシーンが多かった。この鉄道も満洲国時代に作られたようで、北線、南線、中央線などあるらしいが、戦前の地図にも撮影当時の地図にも記載されておらず、詳細はわからない。

第1部から第3部まで観てきて、これら3本は扱われている内容も異なるけれども、人物の描き方の違いが大きいと思った。大勢の人を浅く淡々と描く第1部、限られた人々を群像劇風に描く第2部、そして親子ふたりをエモーショナルに描く第3部。人間が少なくなっていくのに比例して時間も短くなっていくのがおもしろい。わたしは長く淡々とした第1部がいちばん好きだ。