実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『海上伝奇(海上傳奇)』(賈樟柯)[C2010-32]

東京フィルメックス4本めは、有楽町朝日ホール賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督の『海上伝奇』(FILMeX紹介ページ/公式(中国))。特別招待作品。

上海についてのドキュメンタリー。紹介ページには「前作『四川のうた』(08)のスタイルを踏襲し」とあるけれど、『四川のうた[C2008-23]と違ってインタビューは本物で、それをつなぐ風景に少し演出が入っている。趙濤(チャオ・タオ)が上海の瓦礫の上を歩き回っていたり、林強(リン・チャン)が高雄でフェリーに乗っていたり。

たいへん興味深いドキュメンタリーだが、上海という対象が大きすぎるため、全体としてうすいというか、やや物足りない印象を受ける。インタビューした人数が多く、内容が多岐にわたっているため、ひとつひとつが短すぎ、映画などを絡めたものはいいが、インタビューのみのものは印象に残りにくい。もう少し人数を減らし、いっそのことすべて映画に絡めてしまったらよかったと思う。また、上海に関する予備知識があればあるほど物足りなさを感じる一方、インタビューに出てくる人名や地名を知っているのと知らないとでは、受け取る情報が大きく違ってしまう。

映画や音楽を絡めたインタビューの概要は次のとおり。

  • 陳丹青(チェン・タンチン):画家・作家。幼年時代のガキ大将の記憶。
  • 楊小佛(ヤン・シャオフォ):楊杏佛の息子。父の暗殺の際の記憶。
  • 張原孫(チャン・ユェンスン)+“I Wish I Knew”(ディック・ヘイムズ):天厨味精創業者・張逸雲の孫。一家の事業について。
  • 杜美如(ドゥ・メイルー):杜月笙の娘。家族について。
  • 王佩民(ワン・ペイミン)+“戰上海”(王冰、1959):処刑された共産党員・王孝和の娘。生い立ちや父の処刑時の情報について。
  • 王童(ワン・トン)+『紅い柿』[C1996-44]:『紅い柿』に描かれた上海脱出時の記憶。
  • 李家同(リー・ジャドン):元台灣清華大學学長。抗日戦後の話。公務員だった父親と賄賂について、隣が将軍の家だったことなど。
  • 張心�(チャン・シンイ):曾國藩の末裔。夫とのなれそめなど。
  • 侯孝賢(ホウ・シャオシェン)+『フラワーズ・オブ・シャンハイ』[C1998-06]:『フラワーズ・オブ・シャンハイ』に描かれた清朝時代の遊郭での恋愛について。
  • 朱黔生(チュウ・チャンシェン)+“Chung Kuo-Cina(中國)”(ミケランジェロ・アントニオーニ、1972):“中國”撮影時の中国側スタッフ。撮影時の感想や、作品に対する批判騒動について。
  • 黃寶妹(ホァン・バオメイ)+“黃寶妹”(謝晋、1958):模範紡績労働者。表彰式の記憶など。
  • 韋然(ウェイ・ラン)+『舞台姉妹』(謝晋、1964):女優・上官雲珠(シャンカン・ユンチュウ)の息子。母と姉について。
  • 韋偉(ウェイ・ウェイ)+『田舎町の春』[C1948-15]+費明僅(バーバラ・フェイ):韋偉は『田舎町の春』の主演女優で、撮影時の話など。費明僅は費穆(フェイ・ムー)の娘で、香港に渡った話など。
  • 潘迪華(レベッカ・パン)+『欲望の翼[C1990-36]+“永遠的微笑”:家族についてなど。
  • 楊懐定(ヤン・ホァイディン):実業家。国債で設けた話。
  • 韓寒(ハン・ハン):作家・レーサー。印税で車を買った話。

ほかに、10年前の蘇州河の映像として『ふたりの人魚』[C2000-24]が、台湾、香港を表す歌として“雨夜花”(蠟麗君)と“浪子心声”(許冠傑)が使われている。インタビューの場所についてのクレジットもあったらよかったと思う。

個人的にウケたのは、『田舎町の春』の中で香港オバサンだった韋偉が、本当の香港おばさん(つまり香港人)になっていたこと。香港オバサンというのは、香港のオバサンにありがちなタイプという意味で、きつめのソバージュ風ロングヘアにアイラインや眉がくっきりのきつめの化粧で、骨っぽくてつり目の顔の女性のことを勝手にそう呼んでいる。でも本物の香港おばさんになった韋偉は、香港オバサンとはぜんぜん違うシックなおばあさんになっていた。

インタビュー全体を通して興味深いのは、中国人の上海に関する記憶が、台北や香港にまで広がっていることを印象づける構成になっていること。何十年も台北や香港に暮らして、今なお流暢な上海語を話す人たちに魅了される。

ただ、台湾篇の撮影場所はちょっといいかげんである。賈樟柯は、このドキュメンタリーにふさわしい場所を探すのをサボり、台湾に来て行きたいところ、撮りたいところを撮っているとしか思えない。それはそれで微笑ましいけれど、平溪線のトンネルは、つい先日『風に吹かれて - キャメラマン李屏賓の肖像』[C2009-35]で観たばかりなので感動がうすかった。先を越されちゃいましたね。台湾を表す歌として、日本時代に作られた“雨夜花”を流すのもちょっとどうかと思う。

上海の街は、わたしが行った1999年も瓦礫だらけだったけれど、2009年もまだ瓦礫だらけなのが感慨深かった。高層ビルは増えたけれど、里弄の風景や通りに突き出した洗濯物が健在なのがうれしかった。だれもパジャマでおでかけしていないのが寂しかった。

DVDを注文しようとしたら残念ながら売切れ中だったけれど、ココ(LINK)で全篇観れちゃいます。