神保町シアターの特集「戦争と文学」(公式)で、鈴木清順監督の『春婦傳』を観る。20年ぶり二度め。
鈴木清順監督自選DVD-BOX 弐 <惚れた女優と気心知れた大正生まれたち>
- 出版社/メーカー: 日活
- 発売日: 2006/10/20
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『春婦傳』をあらためて観て、これはとにかく野川由美子の映画だと思った。劇中で「娼婦は体力勝負」みたいなことを言っていたと思うが、仕事中以外でもとにかく体がよく動くし、瞬発力がすごい。そういう意味で、これはまぎれもなくアクション映画である。残念なのは、オールヌードという触れ込みながら、見せてくれるのは腋毛だけだという点だ。胸はおろか、おしりでさえさりげなくシーツだかキモノだかがかかっている。相手役の川地民夫もなかなかがんばっていて、終始陰気で無表情なのが印象的。野川由美子の表情豊かなワイルドさとの対比がおもしろい。
どこで撮っているのか知らないが、ロケ地のスケール感やセットもなかなかいい感じである。舞台は北支で、たしか「孟県」と書かれた標識かなにかがあったと思うけれど、だとしたら山西省だろうか。「実際は山の中なのに映画では砂漠」とどこかで読んだが、荒野の広がる西部劇のような風景がいい。
ヒロインは、田村泰次郎の原作では朝鮮人慰安婦。『暁の脱走』では日本人歌手。『春婦傳』では日本人慰安婦。やはりこれは慰安婦でなければ成り立たない役だと思う。ヒロインは日本人にされてしまったけれど、ひとりだけ朝鮮人慰安婦が登場し、主役のふたりが死んだとたん、強力な存在感を示す点は興味深い。しかし、演じているのが初井言榮というのがどうも気になる。野川由美子と松尾嘉代を除けば日本人慰安婦たちもブスだけど、でもどうしてきれいな人ではないのかが気になる。日本人と同じだけ払ってもらえないと言っているだけに、よけいに気になる。
文学が原作だからということもあると思うが、肉体によって軍人精神を打ち砕くといった考えとか、逃亡して八路軍へ行く男とか、日本人と朝鮮人の死生観の対比とか、いくぶん理屈っぽかったり図式的だったりする感は否めない。そんな、ちょっと嘘っぽい感じを凌駕するのが、ワイルドな土地と、ワイルドな女と、陰気な男の魅力である。