実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『春婦傳』(鈴木清順)[C1965-12]

神保町シアターの特集「戦争と文学」(公式)で、鈴木清順監督の『春婦傳』を観る。20年ぶり二度め。

『春婦傳』と同じ原作だと知って『暁の脱走』 [C1949-12]を観て、『春婦傳』も再見したいと思い続けて早9年。やっと再見できたが、そのあいだに『暁の脱走』の内容はすっかり忘れてしまった。池部良山口淑子が互いに手をのばすが届かないというはづかしいシーンで終わることしか憶えていない。いずれにしても、あまりいいとは思わなかった。

『春婦傳』をあらためて観て、これはとにかく野川由美子の映画だと思った。劇中で「娼婦は体力勝負」みたいなことを言っていたと思うが、仕事中以外でもとにかく体がよく動くし、瞬発力がすごい。そういう意味で、これはまぎれもなくアクション映画である。残念なのは、オールヌードという触れ込みながら、見せてくれるのは腋毛だけだという点だ。胸はおろか、おしりでさえさりげなくシーツだかキモノだかがかかっている。相手役の川地民夫もなかなかがんばっていて、終始陰気で無表情なのが印象的。野川由美子の表情豊かなワイルドさとの対比がおもしろい。

どこで撮っているのか知らないが、ロケ地のスケール感やセットもなかなかいい感じである。舞台は北支で、たしか「孟県」と書かれた標識かなにかがあったと思うけれど、だとしたら山西省だろうか。「実際は山の中なのに映画では砂漠」とどこかで読んだが、荒野の広がる西部劇のような風景がいい。

ヒロインは、田村泰次郎の原作では朝鮮人慰安婦。『暁の脱走』では日本人歌手。『春婦傳』では日本人慰安婦。やはりこれは慰安婦でなければ成り立たない役だと思う。ヒロインは日本人にされてしまったけれど、ひとりだけ朝鮮人慰安婦が登場し、主役のふたりが死んだとたん、強力な存在感を示す点は興味深い。しかし、演じているのが初井言榮というのがどうも気になる。野川由美子松尾嘉代を除けば日本人慰安婦たちもブスだけど、でもどうしてきれいな人ではないのかが気になる。日本人と同じだけ払ってもらえないと言っているだけに、よけいに気になる。

文学が原作だからということもあると思うが、肉体によって軍人精神を打ち砕くといった考えとか、逃亡して八路軍へ行く男とか、日本人と朝鮮人の死生観の対比とか、いくぶん理屈っぽかったり図式的だったりする感は否めない。そんな、ちょっと嘘っぽい感じを凌駕するのが、ワイルドな土地と、ワイルドな女と、陰気な男の魅力である。