実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『朧夜の女』(五所平之助)[C1936-17]

前のQ&Aがけっこう長く、晩ごはんの時間が足りなくならないか心配で、最後のほうは気もそぞろだった。それでもなんとか終わり、問題なくMeal MUJIで晩ごはんを食べることができた。2本めは東劇に移動。ニッポン★モダン1930の五所平之助監督『朧夜の女』。

簡単にいえば、バー勤めの女(飯塚敏子)が学生(徳大寺伸)の将来のために身を引いたあげく病気で死ぬという、『婦系図』みたいなストーリー。『婦系図』とは違い、女が妊娠しているというのがポイント。こう書くと相当湿っぽい感じだが、実はぜんぜん違っている。いちおう主役はこのふたりだが、映画は、徳大寺伸の母・飯田蝶子、叔父(飯田蝶子の兄)・坂本武、その妻・吉川満子という、小津映画でもおなじみの三人を中心に、小市民喜劇ふうに進んでいく。

わたしは『婦系図』が苦手だ。恩師に反対されて別れるというのがどうにも納得できないので、悲劇を演じられても没頭できないのだ。しかしこの映画の場合、飯田蝶子がいかに徳大寺伸をかわいがっているかや、坂本武がいつも妹や甥の力になってあげているところ、のせられるとすぐになんでも引き受けてしまって吉川満子に怒られるところなどが、小市民喜劇のなかで非常に丁寧に描かれており、その後の展開や坂本武の犠牲的行動をすんなりと受け入れることができるようになっている。

笑って泣けるという感じの映画だが、感傷的にならない抑えたトーンで描かれており、無駄なシーンもなく、なかなかよくできている。わたしは今回のプログラムを見るまでこの映画の存在を知らなかったが、もっともっと知られていい映画だと思う。平日とはいえ夜の上映で、しかもたったこれ一回きりなのに、お客さんはかなり少なかった。もったいないことである。

実はこの映画を観たのは、徳大寺伸が主演だからである。『朧夜の女』、『按摩と女』[C1938-07]、『暖流』[C1939-09]と並べてみると、二枚目、三枚目、悪役とかなり役の幅が広いが、この映画では、まだ若い、寡黙な二枚目の徳大寺伸の魅力をたっぷりと味わえる。

舞台は同時代(1936年ごろ)の東京。ロケは隅田川くらいで、あとはほとんどセットだと思われるが、銀座のバーや、バー勤めの女性の一人暮らしのアパートなど、当時の風俗も興味深い。

他の出演者は、河村黎吉が坂本武の町内の旦那衆のひとりを演じていて、飯塚敏子のお葬式シーンで、なにげに秘密を嗅ぎつけたような素振りをしていたのが気になる。ほかに佐分利信笠智衆、大山健二などがちらっと登場。大山健二は、飯田蝶子が女中をしている牛鍋屋の客の学生。飯田蝶子は学生の宴会が会費内で収まるように気を配ったりするありがたい女中さんで、大山健二について、「あの人はほかの人の二倍は食べてますよ。会費を二倍取ったほうがいいですよ」と幹事さんに忠告する。これぞ大山健二というべき役。