実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『午後3時の初恋(沉睡的青春)』(鄭芬芬)[C2007-35]

六本木へ移動。「今日観る映画は誰が出てるやつ?」「張孝全(ジョセフ・チャン)」「って言われても…」「うーん、正行じゃないほう」「なんとなくわかった」…とかいう会話をJ先生と交わしつつ、シネマート六本木の「台湾シネマ・コレクション」へ。今日は鄭芬芬(チェン・フェンフェン)監督の『午後3時の初恋』を観る(台湾公式)。チラシを見て、また『言えない秘密』みたいな話じゃないかと危惧していたが、全然違っていたのでよかった。監督はきっと村上春樹のファンだと思う。

ノスタルジックな雰囲気につつまれているが、けっこうシリアスな映画。母親が駆け落ちして父親が酒びたりという家庭環境からか、人生を諦めて淡々と家業の時計屋を切り盛りする女、徐青青(郭碧婷)。親友、蔡子涵の死に対する責任から、蔡子涵の人生をも生きている男、陳柏宇(張孝全)。中学(字幕は高校となっていたが、國中ですよね?)の同級生だったこのふたりが再会して、新たな一歩を踏み出すまでの話。「青春二十五、遅くはない」って感じか。でも一歩を踏み出したあと、すなわち映画が終わったあとにふたりを待っているのは、それまでよりさらに過酷な人生だろう。やるせない。

上述のような主人公ふたりの設定や、徐青青が電車に乗ることの意味づけなど、いささか図式的でわかりやすすぎるせいか、全体的にちょっとパワー不足な感じはする。昔の話がキーになっているが、回想シーンなんてものがないのはよかった。一方、時々入っている説明の字幕が多すぎ、字幕に頼りすぎである。最初から最後まで、魅力的なロケ地ばかりで撮られているわりに、画もそれほど魅力的ではない。

だけどわたしは、この映画がけっこう好きだ。特にヒロインの徐青青がいい。彼女のように、自分のルールとスケジュールに厳密に従って生きているような人が好きだし、惜し気もなく捨ててきた過去から呼び戻され、少しずつ変わっていく感じがよかった。蔡子涵の家のシーンも印象的。蔡子涵の両親と陳柏宇と徐青青。この四人がこのようにして出会ったことは、とても苛酷でやるせないけれど、それはまた人生の豊かさでもあるのだと感じる。あと、ぬいぐるみをお風呂に入れてやるシーンと、そのぬいぐるみがヴェランダに干されているショットが好き。

徐青青を演じている郭碧婷(グォ・ビーティン)は、ちょいと個性的だがちょいとインパクトに欠ける。少なくとも桂綸鎂(グイ・ルンメイ)や張釣簶(チャン・チュンニン)が初めて出てきたときのような大物感はない。でも次回作がちょいと楽しみだ。一方の張孝全(ジョセフ・チャン)は、がんばって二重人格を演じているが、二つの人格が対照的すぎていまひとつ印象に残らない。

舞台は菁桐をはじめとする平溪線沿線。青青の家は菁桐81號。菁桐車站や線路やトンネルも出てくる。平溪線の列車が昔の青い電車ならいいのに、残念ながら今のピカピカの車両だった。このあたりには十分瀑布など滝が多いが、映画に出てくるのは無名の小さな滝で、近くに莫内咖啡という店があることから‘莫内瀑布’とも呼ばれているらしい。張孝全が入院している精神病院は、最初見たとき『悲情城市[C1989-13]の今はなき台金公司附屬醫院かと思ってはっとした。おそらく、戦前に作られた病院は、どれも似たようなつくりだったのだろう。ここは樂生療養院(維基百科)という、日本統治時代に作られたハンセン病患者の病院(当時は隔離施設)らしい。新病棟が作られて、そこへの転居とか旧病棟の保存とかでいろいろ揉めているようだ。

菁桐には10年くらい前にちょっと行ったことがあるだけで、その後再訪したいと思いながらいまだ果たせずにいる。平溪線にももう5年近く乗っていない。次に台湾へ行ったらぜったい平溪線に乗って、できれば片道は歩いて、瀑布などを見て歩きたい。いや、ぜったいに行くぞ。菁桐には行ってみたいところがたくさんあるのでゆっくりしたい。「やっぱり次は台湾かな」と思う夏の夕暮れ。

とんきでひれかつを食べて帰る。