実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『キナタイ - マニラ・アンダーグラウンド(Kinatay)』(Brillante Mendoza)[C2009-46]

ヒューマントラストシネマ渋谷の三大映画祭週間2011(公式)で、ブリランテ・メンドーサ監督の『キナタイ - マニラ・アンダーグラウンド』を観る。

主人公は、新婚で子持ちの、司法警察学校に通う20歳の青年、ペピン(ココ・マルティン)。彼がバイト先のボスに会わせると言われて車に乗せられてからの、一夜の出来事が描かれる。軽い気持ちで車に乗ってから、車の中の強面の人たち、はりつめた空気、どこに向かうかわからない長いドライブにペピンの不安は募る。ただの漠然とした不安は、新たに車に乗せられた娼婦が激しい暴行を受けることではっきりとしたおそれに変わり、一行が郊外の無人の家に着くと、その後の展開が予想できるものになっていく。

映画はペピンの不安に寄り添うように描かれ、観客は彼の不安をいっしょに体験することになる。いつどのように殺人が起こるのか、いつ自分が加担させられるのかというペピンの恐怖が、いつ痛い映像を見せられるのかというわたしの恐怖にそのまま重なっていく。結論を言うと、痛い映像は見せないで、周辺の映像や音で恐怖を煽る手法。そのほうが心理的にはこわいが、わたしの苦手なのはあくまで痛い映像なので、この点はよかった。

ペピンは正義感から警官を志している、というわけではなさそうだが、まだあどけなさの残る、虫も殺さないような顔立ちが、不安に怯えながらも、優柔不断にずるずる深みにはまっていく役にぴったりはまっている。途中、逃げようとして結局逃げないのも、こわくて逃げられないというより、決心がつかなくてずるずる、という感じがリアル。結局のところ、彼は最後までほとんど傍観者の立場なので、そのまま最後までいてしまうが、多くの人がこんな感じに悪の道に入っていくのだろうと思わせられる。呆然と立ち尽くしていた彼が、突然テキパキと殺人現場の片付けを始めるところが印象的。

ペピンとボスの会話がまた興味深い。もう逃れようがないのではと思っているところに、ボスの「警官の給料だけでは食えんぞ」という言葉。目の前には、「隊長」という、ペピンの将来のモデルケースが無言で提示されている。そのように生きるしかないのだろうかと思い始めたところに、ボスの「子供がいるんだって?」という言葉。言葉少なに罠にはめられていく感じが、暴力で従わされるよりもある意味こわい。

オープニングで、ペピンの家の界隈がドキュメンタリー風に写される。貧しい地区と思われるが、その色の鮮やかさ、生き生きとした生活感が、その後の陰鬱さと対照的で印象に残る。

すべてのフィリピン映画はゲイ映画である、と思っていたのだけれど、これはゲイ映画ではなかった。