実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『男の顔は履歴書』(加藤泰)[C1966-13]

シネマヴェーラ渋谷(公式)の特集「加藤泰傑作選」(芸のないタイトルだな)で、『男の顔は履歴書』を観る。5回めとなる今回はなんとニュープリント。とてもきれいで感激したが、どうやら去年観た英語字幕つきフィルムもきれいだったらしい。以前観た褪色したフィルムの印象ばかりが強く、すっかり忘れている。

書きたいことは前回の鑑賞時にほとんど書いてしまったので(id:xiaogang:20100306#p2参照)、今回は補足的なことをいくつか。

  • 加藤泰の映画は、たとえば仁侠映画をマキノのものと比較すると明らかなように、エログロなのがひとつの特徴である。また、エログロなところがある作品のほうが出来がいいともいえる。この映画も、安藤昇中原早苗のラブシーンがエロくていい。
  • 安藤昇(への愛)を媒介にして、中谷一郎中原早苗が結ばれる物語であるが、中原早苗を媒介にして中谷一郎安藤昇が結ばれる物語であるともいえる。
  • 戦前と戦後における日本人の変節と本質的な変わらなさ、商店街の日本人、闇市の日本人、朝鮮人といった階層構造、戦後の一時期の朝鮮人の隆盛と現在(60年代)なお消えない差別…。いくぶん台詞に頼っているきらいはあるものの、物語の背景として、朝鮮人問題を絡めた戦後日本史の一断面が実に鮮やかに描かれている。
  • 前にも書いたようにこれは仁侠映画ではないが、あえて仁侠映画の一種としてみた場合、殴り込みのその後が描かれている点がたいへんユニークだと思う。仁侠映画は、主人公が死ぬか、逮捕されるか、どこかへ去って行くかの違いはあっても、基本的に殴り込みの直後で終わる。
  • 三国人ヤクザのボスを演じる内田良平がクール。眉毛がないのでかっこいい内田良平を期待すると裏切られるが、ぜんぜん笑わず、独特の雰囲気をもった存在感のある人物像を作りあげている。悪徳ヤクザのボスは悪いだけのしょうもない人物であることが多いが、このボスなら「相手に不足はない」と思える。
  • 中谷一郎真理明美は内地生まれの朝鮮人という設定なので、ネイティブな日本語を話し、内田良平をはじめとするほかの三国人ヤクザはある程度成長してから内地に来たらしく、訛りのある日本語を話す、というように、言語的な設定がけっこう細かい。内田良平が『東京ギャング対香港ギャング』[C1964-21]に続いて訛りのある日本語をしゃべっているだけでうれしい。
  • 安藤昇演じる雨宮は、運動神経抜群なのか何かスポーツで鍛えたのか知らないが、侠客でも格闘家でもないただの医者である。しかし安藤昇本人のバックグラウンドがあるため、めちゃくちゃ強くても観客を納得させることができる。
  • 田中春男藤田弓子父娘の床屋は、『浮草』[C1959-20]の床屋を思い出させる。藤田弓子にも高橋とよの母親がいたら、殺されずにすんだかもしれないのに。