実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『現代やくざ 血桜三兄弟』(中島貞夫)[C1971-25]

シネマヴェーラ渋谷の特集「中島貞夫 狂犬の倫理」(公式)で、『現代やくざ 血桜三兄弟』を観る(これDVD出てないの?ひどいね)。

別名『小池朝雄の鉄砲玉の美学』。『鉄砲玉の美学』[C1973-28]渡瀬恒彦がぜんぜん全うできなかった鉄砲玉の美学を、いとも簡単に、しかもスマートに次々と実践する小池朝雄。ちょっとややこしい経過をたどるものの、ちゃんと敵に殺される役目も果たし、組の覇権に貢献する。順番はこちらのほうが先なので、順番どおりこれを観てから『鉄砲玉の美学』を観れば、この映画のアンチテーゼ的な位置づけであるだけでなく、渡瀬恒彦をやり込める、よりうわての男をほかならぬ小池朝雄が演じているので、感慨もひとしおであろう。

しかしながらこの映画では、鉄砲玉・小池朝雄はあくまでも脇役である。主役は、菅原文太伊吹吾郎渡瀬恒彦の三兄弟プラス荒木一郎菅原文太は喫茶店を経営する大学出のカタギで、これまで自分の腕一本でやってきたが、胃癌のために余命わずか。学歴のない弟の伊吹吾郎は、地元のヤクザ・広道会の組員で、仁侠道みたいなものを信じてまじめに組のことを考える一方、組の中で点数を稼いで出世しようと必死。渡瀬恒彦(彼だけ姓が違うみたいだが、複雑な家庭なのか単なる弟分かよくわからない)は、これも広道会の組員ながら、白タクの運転手や競馬のノミ屋をやっているチンピラ。兄たちのように、「自分はどう生きるべきか」なんてことは何も考えておらず、それなりに楽しくやっている。荒木一郎菅原文太の喫茶店で働く冴えなすぎる男で、渡瀬恒彦のお友だち。

物語は、大阪の広域暴力団・誠心会が、岐阜のヤクザ・広道会を乗っ取るために鉄砲玉の小池朝雄を送り、最終的に広道会を支配下におさめる形で手打をする、という状況のなかで、それぞれの理由から両組織と敵対する立場になった4人が、最後に団結して殴り込みをかける、というもの。荒木一郎は結局離脱するので、数年後に日本の李子雄(レイ・チーホン)となって岐阜を支配する荒木一郎が見られるかもしれない。4人が全く異なるキャラクターに設定されていて、それがそれぞれの行動に見事に反映されている。4人がそれぞれの理由から、ほぼ同時に小池朝雄を狙うところ、そして最も意外な人物がそれに成功するあたりがいちばん盛り上がるところ。

とにかく菅原文太がかっこいい。前半は出番も少ないし、しがない喫茶店のマスターで、胃の具合が悪くてミルクを飲んでいて、女(松尾和子)も寝取られて、しかしそれでもかっこいい。彼がそこにいるだけでもう、空気が違う。後半から終盤にかけてのかっこよさは文句なし。「(ライフルは)貸せねえな。俺が使うから。」

最近観た多くの中島貞夫作品と同様、組織よりも個人を描いた映画だが、渡瀬恒彦が出ていても青春映画っぽさはあまりなかった。菅原文太の演じるキャラクターと、彼の存在感のためだろうか。菅原文太主演の中島貞夫作品は初めてなので、ほかの作品はどうなのか気になるところである(しかし今回の特集ではたぶんもう観られない)。

今回の特集が始まってから、映画の合間にしつこく流れている野坂昭如の『マリリン・モンロー・ノー・リターン』は、この映画で使われている歌であることが判明した。

ところで、これまで「仁侠映画が落ち目になったときに『仁義なき戦い[C1973-13]が登場し、実録路線が始まった」という映画史の説明に納得していたが、中島貞夫は『仁義なき戦い』より前に、仁侠映画の枠にはおさまらないおもしろいヤクザ映画をたくさん撮っていることがわかった。はたして『仁義なき戦い』はそれほどまでにエポックメイキングな作品であったのか、あまり確信がもてなくなった。