実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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高雄旅行第三日:高雄→屏東→高雄

6時ごろ起床。今日は屏東へ行く予定である。理由はふたつ。ひとつめは、『九月に降る風(九降風)』に出てくる屏東縣縣立棒球場へ行くこと。ふたつめは、『牯嶺街少年殺人事件』のロケ地である屏東糖廠の現状を確認すること。

朝ごはんを食べて9時ごろ出かける。捷運で高雄車站まで行き、9:20の區間車137次に駆けこんだ。すいているだろうと思っていたら意外に混んでいる。9:53に屏東車站(↓左写真)に到着。11年ぶり、二度めの屏東である。まずは、前回泊まった東星大飯店がまだあることを確認。その前にある寄車處(↓右写真)は、『牯嶺街少年殺人事件』で柯宇綸(クー・ユールン)の家として使われたところ。健在だったが、名前が大衆寄車處から大同寄車處に変わっていた。


屏東縣縣立棒球場も屏東糖廠も駅の南側にあるので、復興陸橋を渡って復興路を南下する。屏東糖廠は素通りして先に屏東縣縣立棒球場へ行こうと固く心に決めていたのに、台糖街まで来たら冰棒(アイスキャンディ)の誘惑に勝てず曲がってしまう。台糖街は、以前はこんなではなかったと思うのだが、かなり立派な通りになっていて、台糖量販店(Taisuco)や屏東市公所ができている。期待と不安でドキドキしながら進んでいくと、冷飲部の小さな建物が見えた(↓左写真)。『牯嶺街少年殺人事件』の小公園冰菓室のロケ地である。外観はかっこ悪く改築され、テーブルや椅子も替わっていたが、建物は以前と同じだ。台糖の冰棒もちゃんと売っていたので、さっそく買って食べる。わたしは牛奶(10元)で、J先生は桂圓枸杞(15元)。
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さらに進んで、同じく『牯嶺街少年殺人事件』で張震(チャン・チェン)と楊靜怡(リサ・ヤン)が語らっていたガジュマルの巨木(↓右写真)も健在なのを確認する。
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屏東糖廠は1997年で操業を停止したらしいが、台糖街より南の部分はそのまま残っており、台灣糖業股份有限公司屏東區處となっている。台糖街より北の部分は、冷飲部周辺など一部を残してマンションなどが建ってしまった。南側部分には立ち入れなかったが、台糖街沿いに並ぶ古い建物を塀の外から見ることができた(↓左写真)。復興路に戻って南下を続ける。通りの左側はずっと屏東糖廠の塀で、そこには壁画が描かれている。蔣介石を讃える絵、北伐や抗日など中華民國史を描いた絵…(↓右写真)。


楽しい壁画に見とれていると、屏東糖廠の長い長い塀はあっという間に終わり、すぐ目の前に屏東縣縣立棒球場が現れた(↓左写真)。『九月に降る風』の最後、卒業式をサボって張捷(チャン・チエ)が訪れるところである。映画で見たとおりの外観、映画と同じ(と思われる)赤い車。廖敏雄(リャオ・ミンシュン)の車なのかと思っていたが、どうやら違うようだ。グラウンドに入る扉は閉まっている。なんとか中を見ることができないかと思い、小朋友が練習をしている練習場に忍びこんだり、塀をくぐってそこから抜けだしたりしながら球場のまわりを歩く。315°ほど回って三塁側にたどり着くと、観客席に入る扉がひとつ開いていた。入ってみると、どこかのアマチュアチームが、練習だか練習後のグラウンド整備だかをしている。目立たないようにグラウンドやスコアボード、スタンドを確認して、とりあえず満足した(別項に記載予定)。台糖量販店で冬瓜茶を飲んだりしながら駅の北側へ戻り、昼(朝)からやっている屏東夜市へ(↓右写真)。


夜はやっていない屏東肉圓で昼ごはんを食べ、西瓜汁を飲む。
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昼食後は、屏東の表側である駅の北側を散策。1921年竣工の屏東長老教會、旧・屏東公園である中山公園、1953年竣工の旧・屏東市公所である屏東美術館(↓左写真)などを見ながら北上し、族群音樂館(↓右写真)へ。屏東は、日據時代に陸軍の飛行場があったところで、族群音樂館は、1935年竣工の第八飛行聯隊隊長官邸である。光復後は、1945年から孫立人將軍行館、1954年から空軍招待所、1975年から屏東縣政府として使われていた。『牯嶺街少年殺人事件』のロケ地でもあり、楊靜怡の母親が住み込みで働いている家として使われたらしい(すぐにLDを観ることができない環境のため、未確認)。現在はカフェになっているが、敷地内は自由に散策できた。


日式家屋が集まっているところは眷村となっていて、成功路の崇仁新村(↓左写真)や南京路には日式家屋が残っている。駅の近くには、少ないながら中華バロックの建物(↓右写真)もあった。14:37の區間車144次で高雄に戻る。


そのまま捷運に乗り換えて巨蛋へ。昨日行く予定だった、愛河の上流方面へ行く。『ヘルプ・ミー・エロス(幫幫我愛神)』で李康生が水を買っていた優福水生活館高雄旗艦館を見てからおやつ。今日のかき氷は品元糖口冷飲工坊。
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それから愛河の両岸に広がる河堤公園へ。ここは『西瓜(天邊一朶雲)』の主要なロケ地のひとつである。この公園の中心をなしているのは、ループ状の橋、光雕橋(↓左写真)だ。『西瓜』では、陳湘蒞(チェン・シャンチー)が夜桜すももと微妙にすれ違ったり、李康生(リー・カンション)と抱きあって渡ったりする(別項に記載予定)。陳湘蒞が李康生と再会するブランコ(↓右写真)もここにある。似たようなブランコがいくつもあって難航したが、3個めの正直で見つかった(別項に記載予定)。


暗くなりかけてきたものの晩ごはんには早いので、日據時代の貯水塔があるという灣愛水塔廣場を探しに行く。しかしすでに取り壊されたのか、貯水塔は見つからなかった。大統新世紀百貨の誠品書店に寄り、ガイドブックを買う。昨日買ったのは重いくせに地図が少なくて不便なので、愛用の“玩樂吃喝便利旅圖”というシリーズの高雄縣市と屏東縣市(今さら)のものを買った。少し古いけれど薄いわりに地図が充実しているので気に入っている。台湾のガイドブックは10年くらい前に比べて格段に進歩しているが、同じものを毎年改訂していくという習慣がないらしいのが不満。

ふたたび河堤公園に戻り、ライトアップされた光雕橋を見てから近くの意之仰酸白菜火鍋で晩ごはん。河堤公園は昼も近隣の住民で賑わっていたが、双十節だからか夜はそれ以上の賑わい。愛河河岸では、クラシックのコンサートが開かれていた(↓左写真)。巨蛋站に向かっていると、蓮池潭で上げているのか、花火も見えた(↓右写真)。漢神巨蛋廣場(デパート)を覗いてから、捷運でホテルに帰る。今日の歩数は36537歩。