実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『月は上りぬ』(田中絹代)[C1955-12]

朝から出京して神保町へ。三省堂のチケットぴあで、まだ発売前のチケットを買いに来たあげく、いろいろ聞きまくって店員を離さないじいさんに呆れつつ、東京国際レズビアン&ゲイ映画祭のチケットを2プログラム買う。それから神保町シアターの「川本三郎編 昭和映画紀行 観光バスの行かない町」へ。田中絹代監督の『月は上りぬ』を映画館では三度めの鑑賞。

鶴福商店会(id:xiaogang:20070502#p2参照)が「観光バスの行かない町」ということらしいが、東大寺奈良公園若草山法隆寺、ついでに大阪城まで出てくる映画がこの特集で上映されるのは違和感ありありだ。しかしいま家で観る手段がないので、とにかく上映してくれるのはうれしい。言わずと知れた小津安二郎脚本の映画で、それなりにスターも出ているのに、どうして日活はDVDを出さないのか全く理解できない(犯罪だ)。

小津らしく家族がバラバラになる話でもあるが、美人三姉妹がみな好きな人と結婚する話なので、ラブコメ的要素が強い。部分的には、『お早よう』[C1959-06]、『麦秋[C1951-02]、『宗方姉妹』[C1950-07]などを連想するが、全体の雰囲気としては、『淑女は何を忘れたか』[C1937-04]や『お茶漬の味』[C1952-06]が近いかもしれない。

三姉妹が上から山根寿子、杉葉子北原三枝。その相手役がそれぞれ佐野周二、三島耕、安井昌二杉葉子と三島耕をくっつけようと奔走するのが北原三枝安井昌二で、その北原三枝安井昌二をくっつけようとするのが山根寿子と佐野周二で、というようにリレー形式になっているのがおもしろい。

北原三枝は、のびのびとまっすぐに育った、明るく元気な娘の役。時にちょいと大げさな感じもするが、好感度100%のコメディエンヌぶりを発揮。これが一年後に『狂った果実[C1956-25]のミステリアスな美女になるかと思うと驚きである。というわけで、今日の「二本立てで観たい映画」は、『月は上りぬ』と『狂った果実』です。

北原三枝杉葉子に比べると、その相手役の安井昌二、三島耕はいかにも地味である。安井昌二(これがデビュー作)が映画の中では三女の北原三枝をゲットするのに、実生活では女中役の小田切みきだった、というのがその格の違いを如実に表しているといえよう。しかしながら、安井昌二はなかなか好演している。暑苦しいのでちょっと苦手なタイプだが、それを感じさせない好青年ぶり。ふたりが仲直りするシーンの彼の台詞がくどく、男尊女卑の臭いがするのが唯一の欠点。ここがもっとさらっと撮られていたらもっとよかったのに。あるいは、前後だけあれば、仲直りをするところ自体はなくてもよかったと思う。

バックについているらしい電電公社は、三島耕がいきなり「マイクロウェーブって知らないかな」と言うところはさすがにあざといが、ほかは実に巧みに物語に入り込み、観客を洗脳している。一見、マイクロウェーブによる長距離電話だけを宣伝しているようで、実は全篇電話なしには成り立たない、電電公社宣伝映画である。繰り返される電話によるニセの呼び出しや、謎めいた電報でやりとりされるラブレターなど、ストーリーの要に電話が登場するのだ。さらには語呂合わせによる電話番号の覚え方や、数字で注文できる定型電報まで盛り込まれていてお見事。ムムム。

ところで、杉葉子を強引に結婚させようとするおばさんは、話だけで実物は登場しないが、ぜったい杉村春子だと思う。

最後に、三人姉妹が出てくる映画を思いつくまま挙げてみる。

けっこうありますね。『宋家の三姉妹』(張婉婷)[C1997-08]もあるが、あれは男の兄弟も三人いる。男がいてもいいのなら『稲妻』[C1952-01]もあるけど。