実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『台北人』(白先勇)[B1283]

やっと日本語訳が刊行された『台北人』読了。

台北人 (新しい台湾の文学―現代台灣文學系列)

台北人 (新しい台湾の文学―現代台灣文學系列)

『孽子』[B1143]白先勇の短編集。国共内戦で台湾に逃げ、心ならずも「台北人」となった外省人一世を主人公に据えた、14の短篇から成る。主要な登場人物は、白先勇より0.5〜1世代くらい上だろうか。彼が白崇禧の息子であるという背景からか、男性は軍人が多い。女性は水商売が多い。このあたり、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)映画のヒロインが水商売の女性であることとなんらかの関連があるかもしれないと、何の根拠もなく思う。

いずれの短篇にも共通するのは、ごく大ざっぱにいえば「栄光の大陸時代と失意の台湾時代(現在)」ということである。ただし、過去や現在の捉え方は作品によって異なっていて、ただただ過去の栄光にすがり、ノスタルジアの中に閉じこもる主人公もいれば、もう少し肯定的に現在を捉えていこうとする主人公もいる。

なかでもすばらしいのは、これが二度目となる『冬の夜』である(id:xiaogang:20060704#p1参照)。かつて五四運動に参加したという輝かしい過去が、その後の人生を振り返ったとき、本当にそれほど輝かしいものだったのかがあらためて問い直されている。そして、成功者と失敗者にみえたふたりが、ふたたび昔のような対等な友人同士に戻ったように見えたとき、ふいにやってくるどんでんがえしがなんともやるせない。

『孤恋花』は、映画化されていて(“孤戀花”)DVDももっているが、まだ観ていない。映画は同性愛の話ということだけれど、原作ははっきりそのように書かれているわけではなかった。袁詠儀(アニタ・ユン)と李心潔(アンジェリカ・リー)のイメージとはかなり違っているが、映画も観てみなければと思う。

いずれの短篇も、地味ながら、人生のやるせなさや生きることのしかたなさがさりげなくにじむ、味わい深い短篇群である。

舞台は当然台北で、具体的な場所がそれほど出てくるわけではないが、通りや街の名前が、登場人物の階層や職業をさりげなく表しているのが心憎い。それなのに、そういった地名が日本の漢字で書かれているのが、この本の最大の問題点である。いくらなんでも「万華」はないでしょう。