実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『彩鳳の夢 台湾現代小説選I』

『彩鳳の夢 台湾現代小説選I』読了。

彩鳳の夢 (研文選書 20 台湾現代小説選 1)

彩鳳の夢 (研文選書 20 台湾現代小説選 1)

台湾文学の短篇集。収録作品は、洪醒夫:『市井伝奇』(1981)、白先勇:『冬の夜』(1970)、陳映真:『村の教師』(1960)、方方:『陸軍軍曹陶多泉』(1973)、曾心儀:『彩鳳の夢』(1977)の短篇5本と、『「現実主義」文学であって「郷土文学」ではない』という王拓の評論。これに『台湾文学のおもしろさ』(ISBN:4876362610)にも収録されていた松永正義の『台湾文学の歴史と個性』が、解説としてついている。

一番よかったのは、白先勇の『冬の夜』。主人公の余嶔磊は外省人の大学教授だが、貧しく、家庭や健康にも恵まれず、国外に出たいという望みも叶わず、研究も思うように進んでいない。北京大学で彼の同級生だった呉柱国は、現在アメリカの著名な歴史学者で、多くの著書もあり、その一時帰国は熱狂的に迎えられる。かつて五・四運動に参加した輝かしい想い出を共有する二人は、ある冬の夜に再会する。過去の想い出や友人の消息を語るうちに、呉柱国の成功は表面的なもので、彼もまた今の境遇に満足していないことが明らかになる。彼は自分を逃亡兵とみなし、自分には現代史を論じる資格はないと思っている。言論も行動も封じられ、かといって体制の中でうまく生きていくこともできない、戦後台湾の知識人の心情が、短い語らいの中から見事に浮かび上がってくる。

情景が浮かび、空気が伝わってくるような、台北の冬の夜の描写、余教授の住まいやそのまわりの描写がいい。その陰鬱で湿った空気とシンクロするような二人の心情も、手にとるように伝わってくる。台湾=南国というイメージを持っていると、ここに描かれている冬の寒さは意外だろうが、何度か台北のひどい寒波に遭った経験のある私には、けっこうリアルに感じられた。映画にしたいような小説だが、映画にしたら、かなり地味で辛気臭い映画になることは間違いない。

もうひとつ興味深かったのは陳映真の『村の教師』。過酷な戦争体験をもつ本省人の教師が、二二八事件などを経て、次第に理想を失い、堕落していくさまが生々しい。その中ではっとしたのが次の文。

しかし、これらの行為は、呉錦翔にとっては、結局、ある種の道徳的ないし良心的なことであったばかりなく、大きな理想なり願望なりが崩れさった後に残った痕跡でもあった。(p. 67)

日本の知識人なんてほとんど初めから堕落しているが(私みたいなのも「知識人」とカテゴライズしてよければだが)、それでもこういう痕跡みたいなものは、多くの人が抱えていると思うのだ。