『彩鳳の夢 台湾現代小説選I』読了。
- 作者: 洪醒夫,松永正義
- 出版社/メーカー: 研文出版
- 発売日: 1984/04
- メディア: 単行本
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一番よかったのは、白先勇の『冬の夜』。主人公の余嶔磊は外省人の大学教授だが、貧しく、家庭や健康にも恵まれず、国外に出たいという望みも叶わず、研究も思うように進んでいない。北京大学で彼の同級生だった呉柱国は、現在アメリカの著名な歴史学者で、多くの著書もあり、その一時帰国は熱狂的に迎えられる。かつて五・四運動に参加した輝かしい想い出を共有する二人は、ある冬の夜に再会する。過去の想い出や友人の消息を語るうちに、呉柱国の成功は表面的なもので、彼もまた今の境遇に満足していないことが明らかになる。彼は自分を逃亡兵とみなし、自分には現代史を論じる資格はないと思っている。言論も行動も封じられ、かといって体制の中でうまく生きていくこともできない、戦後台湾の知識人の心情が、短い語らいの中から見事に浮かび上がってくる。
情景が浮かび、空気が伝わってくるような、台北の冬の夜の描写、余教授の住まいやそのまわりの描写がいい。その陰鬱で湿った空気とシンクロするような二人の心情も、手にとるように伝わってくる。台湾=南国というイメージを持っていると、ここに描かれている冬の寒さは意外だろうが、何度か台北のひどい寒波に遭った経験のある私には、けっこうリアルに感じられた。映画にしたいような小説だが、映画にしたら、かなり地味で辛気臭い映画になることは間違いない。
もうひとつ興味深かったのは陳映真の『村の教師』。過酷な戦争体験をもつ本省人の教師が、二二八事件などを経て、次第に理想を失い、堕落していくさまが生々しい。その中ではっとしたのが次の文。
しかし、これらの行為は、呉錦翔にとっては、結局、ある種の道徳的ないし良心的なことであったばかりなく、大きな理想なり願望なりが崩れさった後に残った痕跡でもあった。(p. 67)
日本の知識人なんてほとんど初めから堕落しているが(私みたいなのも「知識人」とカテゴライズしてよければだが)、それでもこういう痕跡みたいなものは、多くの人が抱えていると思うのだ。