実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『最後の木こりたち(木幫)』(于廣義)[C2007-18]

朝から出京。有楽町イトシアにあるイタリアン・バール、BARISSIMOでカフェ・マキアートをひっかけてから有楽町朝日ホールへ。今日の一本目、東京フィルメックス七本目の映画は、于廣義(ユー・グァンイー)監督の『最後の木こりたち』。『ドラマー』[C2007-15]に続く、李心潔(アンジェリカ・リー/リー・シンジエ)ご出演映画。いや、ピンナップだけですが。

黒龍江省の木こり(樵と書くほうがふつうではないだろうか)を描いたドキュメンタリー。最近注目度の高い中国製ドキュメンタリーなので迷わず観ることにしたものの、「木こりのドキュメンタリーなんておもしろいのか?」という疑問も当然わく。ところがこれが滅法おもしろく、また心を揺さぶられた。

村の家を出発して山の中の伐採地へ赴くところから、ふたたび村へ戻るまで、木こりたちのひと冬を描いたもの。村から伐採地までは馬につけた橇などで4時間ほどの距離だが、旧正月の休み以外は伐採地に作った小屋のようなところで共同生活をしている。映画は、木を切ったり切った木を運んだりといった労働の様子から、ごはんを作ったり酒盛りをしたりといった日常生活まで、木こりたちの毎日を写していく。必要最小限の説明がごく稀に入るだけで、インタビューは全くない。木こりの仕事に関するデータ的な説明もない。登場する木こりたちの名前も、ある木こりと別の木こりとの関係も一切説明されない。時が経つにつれて、なんとなく一人の聾唖の男性が中心になっていくが、最初から主要な人物が設定されているわけではない。わたしたちも彼らと一緒にひと冬を過ごしたような、そんな気になる映画であり、データ的なことは全くわからなくても、彼らの生活が具体的な実感としてよくわかる。

黒々とした木と雪景色のコントラスト、白やこげ茶色の馬、地味な男たちの服装。カラーであるが、伐採地の様子はまるでモノクロ映画のようである。そこに挿入される新年を祝う映像の鮮やかな色彩が、ひときわ引き立っている。ひと冬のあいだに、少しずつ季節が移っていくさまも興味深い。そして何より心を動かされるのは馬である。伐採地は山の中なので、トラックが入れる場所までは伐採した木を馬で運ぶしかない。馬なくしては全く成り立たない仕事だが、重い材木を無理やり引かされる馬は、あるものは衰弱して倒れ、あるものは怪我で弱って別の馬と交代し、あるものは事故で死ぬ。馬を亡くした男たちの悲痛な表情には、馬に対する愛情だけでなく、金銭的な損失の痛手も含まれている。そして死んだ馬は肉となって彼らの胃袋を満たす。

昼間の外での作業の様子は少し距離を置いて淡々と、夜の屋内での様子は近いところから生き生きと撮られている。初日のところでは、多少カメラを意識している様子や、キメのところでカメラ目線になる(それはそれでおもしろかった)のが見られるが、その後はカメラはほとんど意識されていない。木こりたちと寝食をともにしながら、監督がほとんどひとりで撮り上げたということで、このようなことが可能になったのだろう。

上映終了後、于廣義監督をゲストにQ&Aが行われた。森林資源の枯渇により、この地での森林伐採がこの年(2005年)を最後に禁止されることを知った監督が、木こりたちの生活を残しておきたいという動機で撮った映画らしい。ドキュメンタリー運動などとは無縁のところで独力で作ったようで、作った当初はどうやって人に見せればいいのかわからなかったと言っていた。もともと版画家だということだが、すごくはっきりわかりやすく話す人だった。