実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『ヘルプ・ミー・エロス(幫幫我愛神)』(李康生)[C2007-17]

今日の2本目、東京フィルメックス6本目の映画は、李康生(リー・カンション)監督の『ヘルプ・ミー・エロス』(公式ブログ)。

主人公は、株で破産し、大麻の栽培と吸引、それにいのちの電話のみを生き甲斐としている男。これを李康生自身が演じている。これに、いのちの電話の相談員の女性と、李康生の住むマンションの1階で働く檳榔西施の女性が絡む。檳榔西施を演じているのは尹馨(アイビー・イン)で、いのちの電話の女性を演じているのは、なんと『ラブ・ゴーゴー』[C1997-05]で莉莉(リリー)を演じていた廖慧珍(リャオ・ホイジェン)。太っている人の顔は似ているから今ひとつ確信がもてなかったが、やはり本人だった。まず声だけで知り合うところとか、一緒に写真に写っているかわいいほうの女性と間違えられるところなど、『ラブ・ゴーゴー』の役どころを前提にしているようなところがあって興味深かった。

もっとエロくてエグい映画なのかと思っていたらそうでもなくて、案外ふつうの映画だった。気になったのは、性のメタファーが露骨すぎるのと、監督が盛り込みたいメッセージがわかりやすすぎるところ。それから、前作の『迷子』[C2003-04]ではそれほど蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)っぽく感じなかったが、本作では蔡明亮っぽさが増していたところ。性が前面に出ているのと高雄ロケなのがどうしても『西瓜』[C2005-16]を連想させるせいもあるが、ミュージカルではないものの歌つきの幻想シーンが挿入されているところや、根本的なテーマ、また撮り方も『迷子』より似ている。一見「わかりやすい蔡明亮」に見えてしまうのが気になるところ。

でも印象に残るのは、蔡明亮なら絶対に撮らないようなショットである。李康生と尹馨がサンルーフから上半身を出してねずみとりのカメラに写るところや、涙を流す尹馨のクロース・アップ。特に、人気のない夜の長距離バスで、テレビから流れる“但是又何奈”(『ダンシング・オールナイト』の北京語カヴァー)を見ながら尹馨が涙を流すシーンが印象に残る。“但是又何奈”は、『ダンシング・オールナイト』よりももう少しスローで切実な雰囲気。濃厚な夜の空気が印象的で、もんた&ブラザーズつながりでこれはもしかしたら『ラブホテル』[C1985-43]へのオマージュではないのかと一瞬思ったりする。ねずみとりのカメラに撮られた写真の使い方もさりげなくてよい。李康生が宝くじの当選番号発表車を追いかけるシーンがあるが、こういった走って追いかけるシーンはたしか『迷子』にもあって、これも李康生的なところなのだと思う。

檳榔西施が出てくる映画といえば『檳榔売りの娘(愛你愛我)』、それに『夢遊ハワイ』[C2004-10]。最近では『遠い道のり』[C2007-08]にも出てきた。檳榔屋台が並ぶロケ地の雰囲気は、『檳榔売りの娘』とかなり似ていた。『ヘルプ・ミー・エロス』でおもしろかったのは、檳榔西施が客の車に商品を届けるときに、ポールを滑り下りるところ。本当にああいうデザインの店があるのだろうか。本来は客のためにやっているのだろうが、女性たちはそれが習慣になっていて、階段からも下りられるのに客がいなくてもポールから下りていたのがおもしろかった。

上映後は、李康生監督をゲストにQ&Aが行われた。東京国際映画祭で『迷子(不見)』が上映されたときも、台北での“不見”公開時にも蔡明亮とセットで来ていたので、今回は本当にひとりで来るんだろうか、ひとりでちゃんと喋れるんだろうかと心配したが、ちゃんとひとりで来ていて、予想外に冗舌だった。おそらく、蔡明亮がいつも「わかる人にはわかる」的発言をしているのに対して不親切すぎると思った結果だと思うが、言いたかったことだのシーンの意味だの結末の解釈だのと言わなくてもいいことまでちょっと喋りすぎだった。