実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『異常性愛記録 ハレンチ』(石井輝男)[C1969-26]

2本めまでに40分以上時間があり、読書しているあいだにどんどん人が増えてほぼ満席に。外の寒さを忘れるほど熱気につつまれて始まった『異常性愛記録 ハレンチ』(映画生活/goo映画)。レイトショーやオールナイトでしか上映されていなかったので、待ちに待った上映だ。途中までDVD-Rで観て、そのまま中断していたが、やはりこれは大きいスクリーンで観るべき映画だろう。

映画は、変態+ストーカー+だめんずな男、深畑(若杉英二)との腐れ縁を断ち切れない女、典子(橘ますみ)が、さんざん酷い目にあわされた挙句、爽やかで紳士な男、吉岡(吉田輝雄)と幸せになる、というお話。だけど、吉田輝雄が橘ますみを地獄から助け出してあげる話でも、橘ますみが自力で地獄から抜け出す話でもなくて、観終わってみれば若杉英二がひとりで暴走して自滅する話なのだった。

「しあわせっ」、「愛してるんだよぉん」、「寂しいんだよぉ」が口癖で、時々二重人格的にふてぶてしくなる若杉英二の快演がこの映画のいちばんの見どころ。ヒロインの橘ますみがかわいくて、虐められ役が似合う顔なのもポイントが大きい。さらに、彼女を助けるのが、単にただ二枚目なだけの知らない俳優ではなく、れっきとした二枚目スター(だった)吉田輝雄というのもはずせない。橘ますみが前の男と切れられなくても、果ては性病に罹ろうとも、決して彼女を棄てないところにこれだけ説得力があるのは彼ならではである。『宇宙からのメッセージ』よりも、『秋刀魚の味』と二本立てで上映していただきたい映画である。

若杉英二に何かされるたびに、橘ますみの記憶ボタンのスイッチが入って、関連するできごとが回想されるのがおもしろかった。回想シーンを使うというのは安易な手法だけど、回数がかなり多い。想起されるシーンがいつのことかは正確にはわからないので、結果として時間構造が複雑になっている。舞台が京都で若杉英二が老舗の跡取りというのも、閉塞感を感じさせて物語のネチっこさにも合っているし、作品の格調を高めている…ような気がする。橘ますみ相手でなしに若杉英二のヘンタイぶりが延々と示されるあたりは、少ししつこくて飽きた。若杉英二が、変態ではあっても「結婚」や「一途さ」をエサにするただのずるい男なのも、結局ふつうの男に見えてしまってちょっと残念な気がする。

必見の快作であることは間違いないが、「それじゃあこの映画が好きか」と問われるとちょっと困る。「いつもそばに置いていつでも流しておきたいか」(これが私が映画を評価する基準なのだが)と問われるともっと困る。でもしばらくしたらまた観てみたくなるかもしれないし、どうせ次に京都へ行くときには観るだろう。

観終わって外に出ると、みなさんは橘ますみのパンツの柄などについて熱く語っていた。私たちはドゥ・マゴへ。昼ごはんが10時だったからおなかがすいていていいはずなのに、ぜんぜんすいていない。そんなにおなかいっぱいな映画だったのか。ホット・チョコレートをすすりながら、今日観た映画について熱く語った、わけではなく、脱力して呆然としていた。今の感想としては、ふつうの映画が観たい。