実録 亞細亞とキネマと旅鴉

サイトやFlickrの更新情報、映画や本の感想(ネタばれあり)、日記(Twitter/Instagramまとめ)などを書いています。

『下女(하녀)』(金綺泳)[C1960-52]

シネマヴェーラ渋谷で、金綺泳(キム・ギヨン)監督の『下女』を観る。上映権利切れによる日本最終上映で、4年ぶり二度め(前回の感想は、id:xiaogang:20081025#p4)。初めて観たときはすごく過剰な感じを受けたけれど、あらためて観ると、すごくきっちり端正に作られた名作という印象をもった。イロモノのようでいて、金振奎(キム・ジンギュ)、嚴鶯蘭(オム・エンナン)主演のスター映画でもある。

中流家庭が下女に破壊されそうになる話だが、別の見方をすれば、三人の女たちが一家の主人の音楽教師を奪い合う話ともいえる。金振奎演じる主人公の音楽教師は、前回は吉田輝雄だと思って観たが、今回はスクリーンが近かったこともあり、そう思いこむのに失敗した。しかし、性格や行動原理はまさしく輝雄様なので、やはり輝雄様と呼ぶことにする。彼を取り巻く三人の女性は、内職に没頭する妻・南田洋子(ある意味では新珠三千代)、彼に憧れてピアノを習いにおしかけてくる女工中村玉緒(嚴鶯蘭(オム・エンナン)が演じていて、もっと上玉)、だらしない下女の倍賞千恵子(あるいは倉科カナ)。輝雄様は、ピアノを教えるフリして中村玉緒とのスキンシップをはかるが、最も上玉で胸も大きい彼女の誘惑に対してはなんとか踏みとどまる。しかし、いつも夫にエロい流し目を送る南田洋子を妊娠させつつ、貧相な倍賞千恵子の誘惑にも負けて彼女をも妊娠させる。実は全部輝雄様の妄想なのに、主婦のエア恋愛などとは違って想像力がマゾヒスティック。

倍賞千恵子はほとんど同情の余地なく悪いのだけど、実はいろいろ仕掛けている張本人は中村玉緒。子役時代の安聖基(アン・ソンギ)演じる輝雄様の息子も、下女と対抗し得るほどにワルい。『女の中にいる他人』の新珠三千代のように家庭を守ろうとする南田洋子もこわい。ワルいひと、こわいひとに囲まれて、オロオロと苦悩したあげく、倍賞千恵子を階段で引き摺る輝雄様。やはりこの階段落ちシーンがいちばん好きだが、これは映画史に残る名シーンだと思う。ホンモノの輝雄様がこの役を演じる映画が観てみたい。ちなみに安聖基は、よく見たらちゃんとのちの安聖基の面影があった。

この映画のキーワードは、雷鳴、ヴェランダ、ネコイラズ、階段。どんな映画とも似ていないオリジナリティをもちながら、『ラ・パロマ』、『お早よう』、『風の中の雌鶏』、『女の中にいる他人』など、いろいろな映画を思い出させるところもいい。そしてやっぱり、この映画から『ハウスメイド』を作ろうと思う心理がどうしてもわからない。全度妍(チョン・ドヨン)にエロいメイド服を着せたいという願望以外には。