実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『名人』(川端康成)[B1245]

『名人』読了。

名人 (新潮文庫)

名人 (新潮文庫)

本因坊秀哉名人について、引退碁の様子を中心に、その一年後の死までを描いたもの。ほとんどノンフィクションのようだが、いちおう小説として書かれていて、川端康成本人と思われる語り手は「浦上」に、引退碁の対戦相手、木谷七段は「大竹七段」に変えられているが、名人や呉清源は実名のまま。人物描写が主なので、囲碁が全くわからない私でもそれなりにおもしろく読めた。しかし、対局の最後のほうになると碁の話ばかりになり、ルールも勝敗の決め方もわからない私はほとんどお手上げだ。読み終わってからWikipediaで調べてみたが、やはり文章だけではよくわからない。

囲碁に興味のない私がこの本を読んだのは、直接関係はないのだが『呉清源 極みの棋譜』の予習というか、背景知識獲得のため。呉清源は、名前が何度か出てくるほか、呉清源が入院している富士見の高原療養所へ、引退碁のコメントをもらいに行くところでちょっとだけ登場している。川端は呉清源について、

耳や頭の形から貴人の相で、これほど天才という印象の明らかな人はなかった。(p. 111)

と書いている。果たして張震(チャン・チェン)にそれが出せているのか。少し心配である。

それなりにおもしろく読めるといっても、やはり碁を全然知らないと、川端が感じた「劇的な世界」は十分読み取れない。それよりも、この小説の魅力は温泉である。どこかの本屋さんに、「川端の小説を読むと温泉に行きたくなる」と書いてあったが、この小説もそうだ。引退碁は箱根や伊豆の温泉旅館を転々としながら行われている。温泉そのものの描写はないが、温泉旅館が次々に実名(たぶん)で出てくる。季節の移り変わりとともに描かれるそれらの旅館は、この小説に明らかな彩りを添えている。実はここに出てくる温泉宿をひとつ、けっこう衝動的に予約した。少し先だが、楽しみである。

温泉ではないが、川奈ホテルにも一度行きたいものだと思っていたら、この小説のなかで遊びに行っていた。羨ましい。