シネコンでもやっている映画なので、『山のあなた 徳市の恋』(公式/映画生活/goo映画)を観に横須賀へ行く。クルマで映画を観に行くなんて初めてだ。
『山のあなた 徳市の恋』は、清水宏の『按摩と女』[C1938-07]のカヴァーである。『按摩と女』を観ないで(知らないで)この映画を観ている人が多いようなのでいちおう書いておくと、『按摩と女』は戦前(戦中含む)では10本の指に入る映画(日本映画という限定なしで)である(ちなみに戦前のベストテンは全部日本映画で、清水3本、成瀬3本、山中2本、小津1本、マキノ1本となる←容易に類推可能)。
『按摩と女』は、高峰三枝子をめぐって佐分利信と徳大寺伸が対抗する(というほどでもないけれど)裏『暖流』ともいえる映画だが、実は『暖流』[C1939-09]のほうが1年あとだったりする。『山のあなた 徳市の恋』のほうは、東京のきれいなおねえさんをめぐる、按摩と東京の男とその甥という三人の男の話という印象が強かった。
『按摩と女』をカヴァーした理由は、カラー・高画質で再現したいということのようなので、その意味ではいちおう成功していると思う。映像は美しく、特に温泉宿のまわりからもくもく湯気が出ているところがよかった。それに元の映画がすごくおもしろいのだから、カヴァーしたものはおもしろくて当然である。
しかしながら、カヴァーといっても全く同じではなく、少しずつ違っている。旅館の女中の洞口依子が妙に思わせぶりだったりするところはまあいいのだが、台詞やショットが増えて、全体的にわかりやすくなっているのが気になる。画面がクリアになって、それだけでも『按摩と女』よりわかりやすいのに、それ以上わかりやすくすることもないだろう。特に最後を盛り上げちゃったのが許せない。
それに、ほとんど同じショットのわりには、「出たー、清水」みたいな清水っぽさを感じなかった。どうしてだろうと考えてみたところ、どうも画面サイズの問題のような気がする。アングルや画面の設計と画面サイズは当然関連があるのに、どうしてヴィスタで撮ったのだろう。やはりスタンダードで撮るべきだったのではないか。
いちばん問題なのは配役である。この映画の配役は、「外見が似ていること」を条件に選択されていると思われる。観ているうちにだんだん『按摩と女』の配役に見えてくるので、いちおう成功しているといえるだろう。でもいまひとつ納得できない。
映画にほとんど登場しない役名には馴染みがないので、役名の代わりに『按摩と女』の俳優名を用いることにするが、まず問題なのは高峰三枝子役である。泣く子も黙る大スターの高峰三枝子であればこそ、「東京の女」に誰もが憧れるのを有無をいわせず納得させられる。お嬢様にも奥様にもお妾にも見えるのも、高峰三枝子の年のわりに落ち着いた雰囲気があればこそである。ここはスターのオーラが必要で、マイコとかいう新米の女優さんが健闘してもとても太刀打ちできない。逆にこの映画でいちばんスターのオーラが感じられるのはやはり草磲剛なのだが、徳大寺伸にスターのオーラは不要である。それに草磲くんの演技はオーバーアクションすぎる。
また、マイコ、草磲剛、堤真一の三人は、がんばって戦前風の台詞をしゃべっているのだが、台詞まわしがどうみても修業不足である。その点、いちばんよかったのが爆弾小僧役の広田亮平。最初見たときは、似ていないので「子役だからって手抜いてるのと違うか」と思ったが、どうもこの子は顔よりも声で選ばれたらしい。しゃべりがかなり爆弾小僧っぽくて昔風の台詞まわしもうまい。最後に加瀬亮だが、彼は今後も日守新一役者として、『簪』[C1941-19]のカヴァーなどやっていただきたい。重信房子がハイキングに来ていたのに気づかなかったのが不覚であった。
映画のあとはショッピングセンターをまわっていろいろ買い物をして帰る。