今日の一本目、映画祭十六本目は、アジアの風でソン・ジヘ監督の『夏が過ぎゆく前に』。韓国に一時帰国中のパリに留学している女性・ソヨン(金甫徑(キム・ボギョン))が、一度別れた男とグズグズ付き合うという映画。ソヨンが男から離れようとすると彼のほうから近づいてきて、ソヨンがその気になるとなかなかつかまらない、あるいは逃げる。そんなところは『浮雲』(asin:B0009OATTY)を連想させもする。季節はどうみても秋。ヒロインは29歳であり、タイトルは「人生の夏」といった象徴的な意味合いなのだろうか。それほど印象的な街並みや美しい景色が出てくるわけではないが、秋の空気の透明感みたいなものが画面から感じられて、ちょっと忘れがたいところがある。
しかしながら、相手の男があまりにもひどすぎる。男は外交官で、プログラムによれば30代半ばだが、演じている李鉉雨(イ・ヒョヌ)は39歳。私にはもう少し上に見えた。ファンのおばさんがたくさん会場に来ていたようなので言いにくいが、まずルックスがひどい。彼の存在は、冒頭、新しいボーイフレンドと会っているソヨンにかかってくる電話によって観客の知るところとなるのだが、画面にはなかなか登場しない。釜山まで会いに行ったソヨンと同様さんざん待たされた挙句、やっと登場するのがあの顔なのだから、愕然として「これかよ」と呟いてしまう。これが森雅之であったならば、もちろんどんなにひどい男であろうとも映画は成立するのだが。
ルックス以上にひどいのが中身だ。自分から誘っておきながらソヨンを帰らせる。だけどやることだけは必ずやる。相手がほしいけれど面倒なのは嫌、ソヨンなら気心が知れていて気を使う必要もない、しばらくすればパリに戻るから後腐れもない。曖昧な言葉でまわりくどく語っているが、突き詰めればそういうことだろう。なにより嫌なのは、やたらと上司や同僚の目を気にすること。プライヴェイトを重視するがゆえに知られたくないのではなく、他人が自分をどう思うか、仕事や出世に影響しないかといったことが気になるのだ。彼はバツイチではあるが、お互い今は独身であり、何の問題もないにもかかわらずである。「部長が8時に出勤するから早出だ」とか言っていたのにもゾッとした。さらに、寝不足だと言って休日にソファで寝ているのがものすごく嫌だ。知力や経済力はあっても、人としては『父子』(id:xiaogang:20061026#p2)の郭富城(アーロン・クォック)より劣る。
このように男がひどすぎて、監督が描きたかったものがいまひとつ伝わらなかった。おそらく、監督は私が思ったほどひどい男として描いたわけではないのだろう。ティーチインで「李鉉雨を選んだのは声がいいからだ」と言っていたので、彼が語るのを直接聞いて理解できれば少しは印象が違ったかも知れない。字幕だと言葉づかいがちょっと気持ち悪く、さらに印象を悪くする要因となってしまったのだが。
ところで、最初のショットはイオニア式オーダーのある美術館だった。これは国立現代美術館徳寿宮分館らしい。それから、釜山のホテルのシーンで、日本人のおばさん観光客がグループが出てきた。本物なのだろうか。香港映画では時々出てくるが、韓国映画で見たのはたぶん初めて。実際に、「あっ、また日本人のおばさん観光客がいるよ」みたいな状況がよくあるのかもしれない。
上映後は、上述したように監督をゲストにティーチインが行われた。韓国映画だからか、いつもとは異質のおばさんが多く、なんとなく恐い雰囲気だった。