実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『イザベラ(伊莎貝拉)』(彭浩翔)[C2006-19]

夕方から渋谷へ。Foodshowでヴェトナム料理を食べて、シアターコクーンへ向かう。今日唯一の映画、映画祭十九本目は、アジアの風の『イザベラ』(公式)。彭浩翔(パン・ホーチョン)監督の新作で、これも今回楽しみにしていたもの。

映画の舞台は返還直前の澳門(マカオ)。警察の腐敗とその摘発を背景に、警官・馬振成と、彼の前に突然現れた彼の娘だと名乗る少女・張碧欣との交流を、二人の関係を二転三転させつつ描いたもの。警官の汚職事件がもう少し別の形で深く関わってくるのかと思っていたが、馬振成を更生させるものとして働くのは意外だった。

彭浩翔といえばコメディで、この映画はちょっと彭浩翔らしくない、といった紹介をされていることが多い。私はこれまで『ビヨンド・アワ・ケン』[C2004-16]と『AV』[C2005-12]しか観ていないので、果たしてそうなのかは判断しかねる。『イザベラ』は、全体としてはシリアスな話だが、コメディ的な笑える要素もたくさん散りばめられている。どんでん返し的な構成は、『ビヨンド・アワ・ケン』と共通するともいえる。観た中で一番コメディ色の強い『AV』では、監督は意外と生真面目な人なのではないかと思ったが、『イザベラ』でさらにその感を強くした。

主演は杜汶澤(チャップマン・トー)と梁洛施(イザベラ・リョン)。杜汶澤の顔がすごくいい。もちろん、狭義の「顔がいい」ではない。キャメラが彼の顔をとらえると、それがものすごく映画的で絵になっている。梁洛施は初めて見るが、大人の女にも見えたり、年相応に見えたり、大人ぶってみせることで逆に子供っぽさを露呈したりと、様々な面を見せてくれてなかなかよかった。舒淇(スー・チー)と同様、手足の長さが映える女優である。男のあしらいがあまりにうまいので、実年齢はどうなんだろうと思ったが、今18歳だからほぼ想定どおりのようだ。

この映画の一番の魅力は、澳門が舞台であること。香港の100倍くらい澳門が好きな私としてはたいへん嬉しい。たいていの映画では澳門は香港とセットであり、澳門がメインであってもどこかに香港の存在が感じられることが多い。またカジノのイメージからか、どこか怪しい街として、あるいは香港から逃亡もしくは堕ちていく先として描かれることも多い。ところが『イザベラ』は、香港とは無関係に全篇澳門である。そして警察の腐敗や返還の混乱が描かれてはいても、そこはふつうの生活の場としての澳門だ。緑を基調にした美しい映像で、澳門の高温多湿だけどしんとした感じ、香港の喧騒や猥雑さとは違うゆるい空気がうまく表現されていた。夜の街角や、ロングショットでふたりをとらえた屋外のシーンもいいが、ちゃんと澳門の空気が漂っている室内シーンも印象に残る。澳門映画といえば『ならず者』[C1964-31]だけれど、『イザベラ』もそれに並ぶ出来だ。

実は、次の旅行は澳門に行きたいと思っていたのだが、ここのところマレーシア映画とマレーシアロケ映画にすっかりやられて、マレーシアへ行きたい気分が盛り上がりまくっていた。しかし、この映画でまた澳門に引き戻されたようだ。ロケ地は、松山燈塔(ギア灯台)と民政總署くらいしかわからなかったが(写真は2002年のもの)、DVDを持っているので(やっと観ることができる)これからじっくり研究しようと思う。


ところで彭浩翔の映画はどうして日本で公開されないのだろうか。どちらかといえば一般受けしにくいとかあまりスターが出ていないとかいうことはあるにしても、公開されないのはおかしい。旧作も観たいし、ユーロスペースあたりでどうでしょう? 香港映画はわりとコンスタントに公開されているように思えるが、最近ロクでもない映画の比率が高まっているような気がする。そもそもネームバリューで必ず公開される監督が少なすぎる。質を伴っているのは王家衛(ウォン・カーウァイ)くらいじゃないだろうか。

上映後、彭浩翔監督をゲストにティーチインが行われた。「ちゃんと映画観ろよ」というお馬鹿な質問者が二人。「ワカッタ?」と言いつつも丁寧に説明する監督。説明しすぎですよ、監督。行間(映画の場合なんて言うんだろう?)から感じとるべきレベルまで説明しちゃいけないと思う。