実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『ハピネス(幸福)』(許秦豪)[C2007-38]

やっと「台湾シネマ・コレクション2008」が終わったのに、今度は「韓流シネマ・フェスティバル」(公式)で、またもシネマート六本木。いや、韓フェスには別に行きたくないのだけれど、許秦豪(ホ・ジノ)の新作がかかると言われたら行かないわけにはいかない。映画館に近づくと、アヤしげな黒服の人たちが大勢ウロウロしているので、親分でも通るのかと思ったら、異様な熱気を発するおばさんたちの花道が。なんでもカン・ドンウォンが来るらしい。

わたしが観るのはカン・ドンウォンとは関係ない、許秦豪監督の『ハピネス』(公式)である。座席指定の前売りを買いに行ったら「最後の2席」と言われ、いちばん端の変な席になったのに、半分くらいしか入っていなくてげきいかり。だいたい許秦豪監督のファンは韓流じゃない人のほうが多いと思うのに、なんで韓フェスでやるんだろうか。気づかずにいる人がけっこういそうだ。

映画は、韓国の伊原剛志(ファン・ジョンミン)とサイボーグ(林秀晶/イム・スヨン)による、難病版木綿のハンカチーフ。今度の林秀晶はサイボーグには見えないが、細すぎる足が病人の設定にリアリティを与えている。チラシには、「純愛」とか「号泣」とか「蓮池薫氏のコメント」とか、わたしを不安のどん底に突き落とす語句が並んでいたが、「純愛」でも「号泣」でもなくて安心した(蓮池薫氏のコメントはほっときます)。内容をほとんど知らなかったので、最初は「え?難病モノ?」とか思って不安になったが、いつのまにか惹き込まれていた。

肺の病気でおそらく治る見込みのないウニ(林秀晶)は、おじさんだらけの療養所に、若くて都会の危険な香りのするちょいといい男ヨンス(ファン・ジョンミン)が入ってきたので、積極的にアプローチする。いつ死ぬかわからないのだから、恋愛くらいして、少しは楽しい思いもしたい。当然だ。一方のヨンスは、事業に失敗し、肝硬変が悪化して田舎の療養所にやってきた。なんの希望もないと思っていたところに思いがけのうかわいい子がいたのだから、女なしでは生きられない彼は当然受け入れる。別に「純愛」じゃないと思うが、恋愛なんてしょせんそんなものだから、そのほうがリアルでいい。この「療養所篇」では、バス停の前にぽつんと一軒だけある雑貨屋のたたずまいがとてもいい。

次は、ふたりが療養所を出ていっしょに暮らす「同棲篇」。ラブラブな状態から始まって(そのおそろいのパジャマやめろ)、ヨンスの病気がよくなるにしたがって関係が変質していくさまがていねいに描かれていく。ふたりのバックグラウンドや価値観の違いは最初からしっかりちりばめられており、時おり不穏な雰囲気を醸し出す。それはやがて、ヨンスの親友(そのVネックやめろ)と元カノ(コン・ヒョジン)がソウルの空気を運んできたのをきっかけに表面化する。ふたりの女性のあいだに流れる不穏な空気。別れの予感に揺れるウニが療養所を訪ね、所長に「戻りましょうか」とためらいがちに言うところが印象的。ここでは、ふたりが住む農家のたたずまいがすばらしい。立地もいいし、縁側とか、家の中もいい。まわりの風景も季節の変化を映し出して美しく、ただ美しいだけではない田舎の空気感が心に残る。

つづいて「ソウル篇」。ヨンスはウニと別れてソウルに戻ったものの、昔のような自堕落な生活が、実はちっとも楽しいものではないことに気づく。病気が再発して入院し、まるで自分を罰するかのようにすさんだ生活を続けるヨンスを包む、荒涼とした空気も忘れがたい。

最後に舞台はふたたび田舎へ。ヨンスとの別れを承諾したウニだが、「死ぬときはそばにいる」という約束は力づくで守らせる。そしてヨンスは、約束を守ったご褒美に、ふたたび病気と向き合う力を与えられる。厚く積もった雪の中、ふたたび療養所の門をくぐるヨンスのロングショットで映画は終わる。

ちょっと気になったのは、ソウルは人を病気にしてしまう悪いところ、田舎は美しく健康的ですべてがすばらしいというように、ソウルと田舎があまりにも対照的に描かれていること。主人公ふたりも、ワルくてダメな男と天然記念物みたいな女と、ちょっと対照的すぎるのではないかと思う(これではまるで『泥だらけの純情』[C1963-29]というか、ここは『裸足の青春』[C1964-29]と言ったほうがいいか)。対照がくっきりしすぎているせいで、多少図式的に感じてしまう。ちなみに本作は、これまでの作品の男女が入れ替わったような人物設定で、前の作品にたとえると、ファン・ジョンミンが李英愛(イ・ヨンエ)で、林秀晶が韓石圭(ハン・ソッキュ)という感じ。

映画が終わると、今度は「カン・ドンウォン様お見送り」花道ができていてうんざり。心の中でカン・ドンウォンに、「おばさんばっかりでごめんね」と言っておく。このあいだ彭于晏(エディ・ポン)にも言ったんだけどね(そのときはおばさんじゃない人(≠おじさん)が一人はいました)。

そのあと六本木ヒルズへ行き、適当にごはんを食べて、セガフレードへ行く。いつもの、3階の、御用達の、が閉店してしまったので、6階にあるもうひとつの店へ行ったら、カウンターのみの狭い店。これではこれからの映画祭シーズンを乗り切れない。たいへんショックである。そのあとはフードマガジンでバナナを入手。ヒルズのスーパーなんてどんなに高いのかと思ったら、J先生によれば「鎌倉とうきゅうより何でも安い」らしい。ひどいもんだ。