実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『幸福 Shiawase』(小林政広)[C2006-47]

今日の2本めは、小林政広監督の『幸福 Shiawase』(公式)。小林政広監督の映画は、『バッシング』[C2005-21]、『愛の予感[C2007-19]に続いて3本めだが、作られたのは『愛の予感』の前。2年前のフィルメックスで上映されたのがやっと公開されたが、たったの2週間である。1本めとのタイトルのコンビネーションがいいというのが主な選択理由だったが、これは観てよかった。なぜもっとちゃんと公開されないのだろう。

小林政広監督の映画をひとことで表すと「殺風景」。本作もそうだ。舞台は勇払。苫小牧の、北海道の。北海道らしいがらんとした町の、『バッシング』でも見たような見なかったような風景。しかし今回はいつもよりも少し色気がある。赤と青のベンチが並ぶ公園や、小さな駅のホーム。そして白夜。白夜の季節が終わったあとの、夜の暗さが印象的。

登場人物は、都会からこの町にやってきたらしいワケありの男(「いつのまにそんなに老けたんだ?」という石橋凌)、この男を拾う、家族を捨ててここに流れてきたらしい女(桜井明美)、女が働く場末のスナックのマスター(村上淳)、このバーの常連の男(香川照之)、そしてマスターの彼女で香川照之を常連客にしているホテトル嬢(橘実里)。「石橋凌はどういう人で、なぜこの町にやってきたのだろう」という疑問で観客を引っ張りつつ、この5人が互いに関係をもちながら物語は進んでいく。しかしドラマティックな出来事はほとんどフレームの外で起こり、映画は決まりきったような日常の繰り返しを映し出す。決まったように出勤し、看板のスイッチを入れる桜井明美、カウンターの端に座った香川照之が『心凍らせて』を熱唱しているか、あるいは全く客がおらず、村上淳と桜井明美が無為に座っている店内、以前は寮だったというアパートに帰る桜井明美、向かい合って言葉少なにお茶を飲んだり朝ごはんを食べたりする石橋凌と桜井明美、町を歩き回り、なぜかガソリンスタンドを見つけては様子をうかがう石橋凌

毎日の決まりきった出来事の反復と、そこに少しずつ現れる差異。たとえば、ある日香川照之がスナックに現れると、彼の指定席にはすでに石橋凌が座っており、香川照之はしかたなく後ろのソファに座る。そしていつもの『心凍らせて』を歌いはじめる。これまで繰り返し歌われてきたこの歌は、いつも観客の笑いを誘う対象だったが、この日初めてその歌詞が意味をもち、それは涙を誘う歌になる。

共通点も多いけれど、毎回けっこう作風の違う小林監督の映画。美男美女とはいえない無口で無愛想な登場人物、絶妙の間によって醸しだされるおかしさ、殺伐とした北国の空気と、今回はどこかアキ・カウリスマキを連想させた。

『バッシング』や『愛の予感』のように、特定の事件から発想されたものではないようだが、不景気な世の中を反映した設定である。もしかしたら、監督の資金調達の苦労が反映されているのかもしれない。

映画が終わってからずっと、涙なくしては聴けない『心凍らせて』が頭のなかで鳴り響いている。