実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『父の初七日(父後七日)』(王育麟、劉梓潔)[C2009-57]

東京都写真美術館ホールで、王育麟(ワン・ユーリン*)監督、劉梓潔(エッセイ・リウ)監督の『父の初七日』(公式)を観る。

父の初七日 [DVD]

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彰化縣の田舎町を舞台に、父親が亡くなってから葬儀が終わるまでの七日間を描いた映画。複雑な葬儀のしきたりに翻弄される遺族の様子をコミカルに描きながら、何かの拍子にふと立ち現れる故人の思い出や、それがもたらす悲しみや寂しさをさりげなく見せる。

主な登場人物は、小林聡美みたいな長女・阿梅(王莉雯(ワン・リーウェン*))、兄の大志(陳家祥(チェン・ジャーシャン/チェン・ジアシアン*))、甥の小庄(陳泰樺(チェン・タイファー/チェン・タイホワ*))、道士の阿義(吳朋奉(ウー・ポンフォン*))、阿義の公私にわたるパートナー・阿琴(張詩盈(ジャン・シーイン*)、そして亡くなる父親(太保(タイバオ*)こと張嘉年(ジャン・ジアニエン*))。ちなみに、陳家祥は『Orzボーイズ!』[C2008-10]のおもちゃ屋の店主、太保は『悲情城市』[C1989-13]の阿嘉(長男・文雄の妾の兄)。

台北で働いている阿梅の視点で描くことで、突然放り込まれた怒濤の非日常という感じがよく出ている。また、台北育ちの若い小庄を登場させることで、親の実家の複雑な血縁関係や、冠婚葬祭につきまとう田舎特有の雰囲気などをもの珍しく眺める視点も導入されている。道士を親戚に設定して人間関係の中に組み込むことで、観客の多くも詳しく知らないであろう葬儀にまつわるあれこれをわかりやすく紹介するという役割も果たしている。

父親が50代に設定されているのも絶妙。まだ死ぬ歳ではないが、子供たちはすでに自分の生活を築いている年齢で、以前から腎臓を患っていたようだが、重症化してから亡くなるまでの期間は長くなかったと推測される。つまり、ある程度突然だがある程度の覚悟はあり、悲しみもそれなりに大きいが、比較的淡々と受け止めることもできる。肉親が死んだ直後は、未知の儀式に対する戸惑いや不安、それに忙しさで故人のことを考える余裕もないというのは自分の経験からもよく知っているし、ふと思い出すと悲しみに襲われる、という状況にはちょうどいい年齢で、とても共感できる。

台湾のお葬式のことは、リピーター向けガイドブックなどで読んだこともあるし、断片的には映画にも時々出てくる。台湾を旅行すると、たいてい一度は、街中を走る葬式行列や喪中の家を見かける。その印象は、ひとことでいえば派手で賑やか。鳴り物が特徴の伝統音楽が鳴り響き、行列中の車ではセクシーな格好のおねえさんが踊り、家のまわりには派手な花輪や台灣啤酒の塔が立ち並ぶ。この缶ビールや缶ジュースで作った塔はこの映画にも出てきて、ワンシーンだけ主役になって笑わせてくれる。

阿義の過去を紹介するところとか、ところどころ「いまどきの台湾映画」風味があって、スタイル的にはいまひとつ。葬儀まわりの派手さと叙情的な風景との対比などは悪くないけれど、コメディだからといってコテコテにする必要はないと思うし、もう少ししっとり淡々としていたらよかった。また、小庄は葬儀の様子をドキュメンタリーに撮ろうとしているという設定だが、その絡め方が中途半端でぜんぜん生かされていなかったのが残念。

舞台は彰化縣田尾鄉。『運命の死化粧師』[C2011-11]や『あの頃、君を追いかけた』[C2011-08]など、最近ブームの台湾中部映画の先駆けと思われる。終盤出てくる田中火車站は彰化縣田中鎮。ほかに夜市のシーンなど、新北市深坑區でも撮られているようだ。



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回想シーンで、父親が阿梅の誕生日に「彰化市で買った評判の肉粽」をあげていたが、彰化といえば肉圓(バーワン)ではないだろうか。あの場合、肉圓では見た目にわかりにくいし食べにくいのでしかたがないと思うけれども、肉圓だったらもっとウキウキしただろうと思う。

音楽はちょっとうるさいくらいに使われているが、阿義の過去を紹介するシーンで梶芽衣子の『怨み節』がそのまま使われている。どうも映画には同じ曲が繰り返し使われる傾向があるようで、これも知っているだけで3回め。劇中で歌われる台湾語の歌は、回想シーンで阿梅と父親がデュエットするのは吉幾三の『酒よ』の台湾語カバー“傷心酒店”。父親が夜市で呼び込みをしながら歌っているのは“空笑夢”、阿琴が宴会で歌っているのは“愛情恰恰”。