実録 亞細亞とキネマと旅鴉

サイトやFlickrの更新情報、映画や本の感想(ネタばれあり)、日記(Twitter/Instagramまとめ)などを書いています。

『ヴィザージュ(臉)』(蔡明亮)[C2009-19]

まだ16時すぎだが、次の上映は、映画が長いうえに開会式やQ&Aがついていて終わると夜中なので、Meal MUJIで晩ごはんを食べる。初日からMeal MUJIで逢いましょう。こんな時間だからすいているだろうと思って行くと、行列ができていてけっこう待たされた。まさかみんなフィルメックスに行く人じゃないよね?

開会式は短く終わり、今日の3本めは、特別招待作品の蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督『ヴィザージュ』(公式(台湾))。上映前に、蔡明亮監督と、今回審査員として参加している陳湘蒞(チェン・シャンチー)の舞台挨拶があった。

『ヴィザージュ』は、蔡明亮ルーヴル美術館の依頼で撮ったもの。主要な舞台がパリ、父親/母親の死、ジャン=ピエール・レオが出演、ラストシーンがチュイルリー公園…ということで、蔡明亮の映画のなかでは『ふたつの時、ふたりの時間(你那邊幾點)』[C2001-04]を連想させる。

美しい映像と耳障りな音の映画。わたしはこれまで蔡明亮の映画を難解だと思ったことはほとんどないが、今回は今まででいちばんわからない。おそらく全部わかるものでもないし、その必要もないと思うけれど、主要な舞台が台湾でなかったり、出演者の多くが西洋人であったりするので、そのぶんわたしの感覚も鈍くなっている。ルーヴルで撮っていることや、映画監督に扮する李康生(リー・カンション)が撮っているのが『サロメ』だということは、事前に知っていたのにすっかり忘れており、途中でやっと思い出した。

出演者は超豪華。まずフランス側は、ジャン=ピエール・レオレティシア・カスタ、ファニー・アルダンマチュー・アマルリックジャンヌ・モロー、ナタリー・バイ。オルセー美術館だとせいぜいジュリエット・ビノシュ程度なのに、この豪華さはルーブルの力か、それとも蔡明亮のネームバリューか。一方の台湾側は、李康生をはじめ、陸弈靜(ルー・イーチン)、楊貴媚(ヤン・クイメイ)、陳湘蒞、陳昭榮(チェン・チャオロン)と、蔡明亮組総出演。

ジャンヌ・モローは、けっこうあちこちの映画にちょこっとずつ顔を出しているのでそれほどありがたみがないが、ファニー・アルダンが出ていたのがうれしかった。それもゲスト出演ではなくプロデューサー役。彼女が陸弈靜のお通夜だかお葬式だかで、トリュフォーの写真を見つけて「フランソワ…」とつぶやくところは、「あざといなあ」と思いつつもやはり感動せずにはいられない。お供え物を食べるのもいい。

それから忘れてはならないのが鹿。わたしは動物ではパンダの次に鹿が好きだ。『月は上りぬ』[C1955-12]にいちおう映っているくらいで、鹿の出る映画なんてほとんど記憶にないが、『ヴィザージュ』はもう紛れもない鹿映画。あまりに角が立派なので、「ぬかよろこびで実はトナカイだった」ということにならないように自分をおさえていたが、やっぱり鹿だった。鹿でよかった。

今回も、多少控えめではあるがミュージカルシーンがある。中華な曲はよくわからなかったが、張露の“你真美麗”と、白光の“今夕何夕”らしい。“Historia de un Amor(ある恋の物語)”をレティシア・カスタが歌っている。それからジャンヌ・モローの“Le Tourbillon(つむじ風)”。この曲を出演者が口ずさむシーンが少なくとも二回あって、すごくグッときてしまう。こんなの使うなんて絶対ずるいと思うけれども、どうしようもない。

映像はあいかわらずのフィックスの長回しだが、はっきりしたストーリーがないせいか、今回はほんとに長いと感じた。あの長さが必要な理由はおそらく蔡明亮にしかわかるまいが、各シーンをほんの少しずつ削って、全体が120分に収まるようにしてもバチは当たるまいと思う。それから今回はタイトルが「顔」なので、クロースアップが非常に多いのが、蔡明亮の映画としては珍しい。ジャン=ピエール・レオの顔は、Q&Aで蔡明亮も言っていたようにかなり老け込んでしまっていたが、屋外で眠っている彼に雪が降りかかるショットがよかった。李康生もだいぶん老けてきて、もはや永遠の少年といった趣はなくなってきたように思う。

このジャン=ピエール・レオと李康生が、監督の名前をどんどん挙げていくシーンがある。あの監督の名前は、すべてあらかじめ脚本に書かれていたのか、彼らの実際の好みを反映しているのかなどが気になる。正直に言うと、あそこで出てくる監督は、いまひとつわたしの好みとは合っていない。唯一出てくる日本人が「ミゾグチ」で、「ミゾグチはどうでもええわ」と思う。「ナルセ」だったらシビれたんだけれども。「オヅ」だとちょいとあたりまえすぎるし、「クロサワ」だったらサイテーで、映画の評価を下げる。「シミズ」とか「マキノ」とか「イシイテルオ」だったら狂喜乱舞する。

パリのシーンのロケ地は、大半がルーヴル周辺だということだが、当然ながら「いかにもルーヴル」なところも「いかにもパリ」なところもほとんど出てこない。下水道が美しかったが、そんなところには行けないだろうな。

上映後は、蔡明亮監督をゲストにQ&Aが行われた。内容は、フィルメックスのデイリーニュース(LINK)を参照のこと。