実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『男の顔は切り札』(マキノ雅弘)[C1966-53]

シネマヴェーラ渋谷の特集「次郎長三国志&マキノレアもの傑作選!」(公式)で『男の顔は切り札』を観る。

今日の1本めはマキノ版『肉体の門』(未見)を観るつもりだったが、「『男の顔は切り札』のフィルム状態が悪く、いつ中止になるかわからない、観たい人は今日の1回めを観るように」とのお達しがあった。昨年末に鈴木清順版を観直したばかりなので観比べたかったのだけれど、当然のことながら「轟夕起子より安藤昇」と思って諦めた。ところが轟夕起子はこちらにも出ていた。フィルムは見事に赤白だったけれど、1回切れただけで最後までちゃんと観られたので初回に来た甲斐があった(あとの2回も無事上映されたらしいが)。

日本電映製作、松竹配給の安藤昇主演映画。昭和初期の深川を舞台に、カタギになった元やくざたちが、女郎屋を作ろうと計画する悪徳やくざの安部徹から、辰巳芸者の街・深川を守ろうとする話。安藤昇は後半になってやっと登場するけれど、かっこいい現役やくざがほとんど出てこない物語のなかでのホンモノの侠客で、貫禄が違ってとにかくかっこいい。着流しなので背の低さも気にならないし、歌とともに現れ、歌とともに去っていくのにもにやりとさせられる。タイトルがつながりを感じさせる『男の顔は履歴書』[C1966-13]では元軍医で、同じ部隊だった中谷一郎と再会するが、この映画でも兵役帰りの設定で、軍隊仲間の平井昌一を訪ねる。彼から「班長」と呼ばれるのが、見た目のかっこよさと合わないのも楽しい。

この時期マキノが東映以外で撮っていた他の映画と同様、これもマキノ的なモチーフをたくさん登場させつつ、高倉健主演の典型的東映仁侠映画とはひと味違ったおもしろさがある。特に、大部分の登場人物がカタギであるためか、力ではなく、証拠や法律に基づく正当な方法で問題を解決しようとする点がユニーク。西村晃演じる弁護士が、タダ酒の代わりに町民たちを助けようと奮闘するのだが、そこは西村晃なので、いつ集めた金をもってトンズラするかとヒヤヒヤしたが、めずらしいことに最後までいい人だった。殴り込みはするものの、最後は安部徹が逮捕されるという展開もよかった。最初は安部徹に利用されていたけれど、疑問を感じて彼の犯罪を暴こうとする区議会議員を徳大寺伸が演じているのもうれしい。

後半しか登場しない安藤昇が果たして主演なのかという疑問はあるが、そのほかは誰が主役とも言いがたい群像劇。どこで撮っても出ている南田洋子津川雅彦長門裕之がこの作品でもがんばっている。特に安藤昇の(元)妻を演じる南田洋子がいい。藤山寛美がおいしいところで出てくるのも楽しい。クレジットの順番でモメたのか、なぜか配役はあいうえお順だった。いや、わざわざ「あいうえお順」と出るのだけれども、「安藤昇、安部徹、東千代之介」って、それあいうえお順じゃないじゃないか。