ラピュタ阿佐ヶ谷の特集「昭和文学栄華館 - 昭和の流行作家たち」(公式)で、石井輝男監督の『霧と影』を観る。原作は水上勉(未読)。
映画のはじめに、東映の波ざぶーんが出ると思わず居住まいを正してしまうが、ニュー東映の火山どっかーんが出ると妙にワクワクしてしまう。これはそんなニュー東映の、能登半島を舞台にしたサスペンス。予測できない展開に惹きつけられるものの、ほとんど伏線もなしに進行し、終盤からお片づけモードに突入して慌ただしく真相が明らかにされる展開が、いかにも石井輝男な映画だった。
でもそんなことはどうでもよくて、この映画のウリは丹波哲郎が主演だということだ。わたしが期待するのは、あの、いつもの、偉そうなタンバそのままのキャラクターで主演している映画である。しかしながら、そのようなキャラクターはあくまでも脇にいるべきものであって、主役キャラにはなり得ないのか、この映画のタンバはふつうの人である。同年の『黄色い風土』(id:xiaogang:20070912#p1)で雑誌の編集長に扮したタンバは、脇役ながらものすごくかっこよかったのに、この映画ではヒラの新聞記者。タンバがヒラってあり得ない。上司に対してもふつうに部下らしく接していて、タンバ節も聞けない。「もっとエラそうにガツンと言ってやれよ」などと思ってしまってフラストレーションがたまる。
お話は、新聞記者の丹波哲郎が、親友の事故死に不審を抱き、能登半島に調査しに行くというもの。その親友とタンバは学生時代に同じ女性(鳳八千代)が好きだったが、親友に取られてしまったという過去がある。ぜんぜん似合わない学生服を着た、ヘンな回想シーンが笑える。その鳳八千代と再会して、何か過去の因縁が明らかになるとか、旦那が死んだからタンバとどうにかなるとか、新たな展開を期待したのに、別に何にもなくてがっかりだった。自分よりブサイクな男に好きな女を取られてそのままなんて、ヒラの記者と同じくらいあり得ない。三原葉子ならそのままでは済まないけれど、鳳八千代だからどうでもよかったのかもしれないけれど。
タンバを手伝う地元の通信員が梅宮辰夫で、その後のキャリアを全く予想させない、100%好青年なのがすごかった。出世主義はイヤだと言いつつ、金沢支局への栄転のことしか考えていないのがおかしい。悪役は安井昌二で、男性陣はなかなか豪華。能登のロケ地もいい感じだった。