有楽町朝日ホールで、ペマツェテン監督の『オールド・ドッグ』(東京フィルメックス)を観る。第12回東京フィルメックスのコンペティションの一本。
チベットの話ということであまり期待していなかったが、風光明媚な雪山などはぜんぜん出てこなくて、風景はたいへん魅力的だった。舗装していないぬかるんだ道をごついバイクで走る人たち。同じところを馬に乗って走る人もいれば、羊や豚も歩く。道の両側には、現代的ショップハウスとでもいうべき、同じデザインの殺風景な建物が並ぶ。ワイルドである。
主な登場人物は、枯れた味わいの老人と、いかにもワイルドな風貌のその息子。息子のわりとかわいい奥さん。そして年を取って小汚くブサイクで、それがかえって魅力のチベット犬(チベッタン・マスチフ)。チベット犬が都会のペットとして高く売れるために盗難が相次いでいて、息子はタダで盗られるくらいなら先に売ってしまおうとし、父親は犬を放牧民族の宝と考え、売ることだけはしたくない。この父親と息子によって、ブサイク犬があっちへやられたりこっちへやられたりするのを、長回し中心の映像と、行為の繰り返しによる独特のテンポで描いている。
彼らの家のロケーションがまた絶妙。丘の上にぽつんと建っており、入り口からは丘の連なりと、町へと続く一本道が見える。一本道はかなりガタガタだけどずらっと電柱が並んでいて、外から撮った夜の家の、ものすごく真っ暗なのに窓だけが明るいショットと呼応している。外が見える入り口とベッドが並んだ構図の室内のショットや、誰かが入り口に座っているのを中から撮ったショットが魅力的。
ただわたしは、民族の誇りといったことには興味がない。老人は老い先も短く、孫も生まれる望みが少なく、将来を悲観しているという前提のうえではラストの行動は理解できるし、それはそれでひとつの生き方だと思う。しかしこれを特に肯定的にとらえようとは思わない。
この映画はチベット犬を題材として、漢民族(中央政府)のチベット侵略みたいなものを描こうとしていると思われる。むろんそれがいいことだとは思わないし、なしくずし的に文明が消えていくのは好ましくない。しかし、独立するとか、伝統を守って閉鎖的に暮らすとか、そんな単純な問題ではないと思う。近代化は避けられないし、外から人がやって来たり、チベットの若者が北京などへ出て行ったりすることも避けられない。チベット民族だったらチベットの伝統を背負わないといけないというわけでもないし、チベット民族だけで背負うべきものでもないと思う。これは世界中で今後もずっと試行錯誤していくべき大きな問題だと思うけれど、チベットというとすぐに独立とかいう話になるのが、個人的にはどうも違和感がある(この映画でそういうことを言っているわけではない)。
ところで、家族そろってぼーっとテレビを見ているシーンが何度もあったが、そのテレビのロゴは、‘TOSHIBA’とも‘TOSHTBA’とも見えた。‘TOSHTBA’で検索すると約21500件見つかるが、ほとんどは‘TOSHIBA’の間違いらしい。あのテレビはホンモノ? パチモノ?