バンガロールに来ちゃったの

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『ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン(Le Voyage du Ballon Rouge)』(侯孝賢)[C2007-30]

うちの洗濯機がリコールされたので、訪問修理のため有給休暇。J先生が休むべきだと思うが、わたしがギセイになって休んであげた。

修理は無事に終わったが、目立つ黄色いシールを勝手に貼られてげきいかりの午後は、最近観たい気分が高まっていた『ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン』をDVDで観る。

以下、感想メモ。

  • 初見の印象は、舞台が台湾でないぶんどうしても差し引かれてしまう。しかし時が経つにつれ、『珈琲時光[C2003-18]もそうだったように、その光の魅力が心のなかでどんどん膨らんでいった。あらためて観てみて、屋外の光、室内に入った自然光、赤いカーテンを通した光、電燈の光、ガラスごしに見る屋外の光、ガラスごしに見る屋内の光など、質感や明るさの違うさまざまな光のバリエーションと美しさに圧倒される。侯孝賢映画は、台湾が舞台の場合は空気感が最大の魅力、外国が舞台だと光である。なんでだろう?
  • ガラスごしに撮ったショットは、あらためて観たらほんとうに多かった。フロントガラスに木の葉や木洩れ陽が映るシーンをはじめ、ガラスの向こうに見えるものとガラスに映ったものとのコンビネーションが美しい。さらに、ほんの少し開かれた窓の角度や、窓の向こうにある壁に映る影などを利用した凝ったショットも多く、ため息が出る。
  • オリジナルの音楽が美しい。メロディは感傷的だけど大仰でなく、音楽のつけ方も控えめで押しつけがましくない。冒頭、シモン(シモン・イテアニュ)がメトロのドアごしに赤い風船と遭遇したあと、はじめてこの音楽が流れはじめ、やがて風船の影が石畳に映ったかと思うと、赤い風船が音楽にのってふわりふわりと遠ざかっていく。ここがほんとうに美しくて、「もうぜったい合格点」と思ってしまう。
  • 劇的な決定的瞬間を描かないのは侯孝賢のいつものやり方だが、日常を描いたこの映画でも、その姿勢は貫かれている。たとえば、ソン(宋方)がスザンヌ(ジュリエット・ビノシュ)の職場へどうやって入ろうかと苦労しているところがしばらく描かれるが、ふたりが会うところはなくて次は一緒に車に乗っている。クレープの粉を混ぜているところがしばらく描かれるが、焼くところはなくて次はもうクレープができている。これはたぶん人間の記憶と似ている。いつまでも憶えているのは、決定的瞬間ではなくて、準備段階の不安でぱっとしない部分なのだ。
  • 浮遊する赤い風船の速度が、映画のテンポを規定している。風船と同じようにゆったりしたシモンの動きやソンの会話のテンポが、対照的にいつも慌ただしく感情の起伏が激しいスザンヌを、いつのまにか包み込んでいく。スザンヌは最後まで変わらず、あまり共感できない人だけれど、ラストでパリの空を浮遊する赤い風船を見ていると、「まっいいか」という気分になる。
  • パリが舞台の(東アジアの)映画といえば、ホン・サンスの『夜と昼』あらため『アバンチュールはパリで』(すごすぎる邦題)[C2008-13]がもうすぐ公開される。フィルメックスで観たから次はDVDでいいかと思っていたが、これも急激に観たくなってきた。もうひとつ気になるのは、蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)の新作“臉”。3作品のDVDが揃ったら、パリにロケ地めぐりに行きたいものだ。