実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『セックス・チェック 第二の性』(増村保造)[C1968-41]

ラピュタ阿佐ヶ谷のモーニングショー「昭和の銀幕に輝くヒロイン[第61弾]安田道代」(公式)で、三隅研次監督の『セックス・チェック 第二の性』を観る。

屈折した元スプリンターの緒形拳が、安田道代の才能を見いだしてオリンピックに出られるスプリンターに育てようとするが、安田道代がセックス・チェックで半陰陽と診断されて女子選手と認められなかったため、彼女を女にしようと奮闘する話。科学的にはトンデモだが、アイデアとしてはおもしろい。しかし、やりまくったら女になったが、女になりすぎて才能も失われた、というのは、実際に論理的かどうかはともかく、説明がつきすぎておもしろみに欠ける。持論にいちいち200%の確信度を付与する緒形拳の過剰な演技とあいまって、すべてに説明がつきすぎてひたすら過剰な印象を受ける。

驚いたのは安田道代である。よくいえばワイルドだが、頬に肉がついていて、あまりの野暮ったさにびっくりした。役づくりのためかとも思ったが、女になってもそのままで、官能的なものがほとんど感じられない。これが3年後に『博奕打ち いのち札』[C1971-19]のあのたおやかな雰囲気になるとはとても信じられない。

実際に走れるように特訓したということで、足が執拗に写される足フェチ映画でもあり、ブルマーフェチのみなさんにも喜んでいただけると思う。しかしわたしは、こういう筋肉質な足には魅力を感じなかった。

緒形拳と、かつての陸上仲間の滝田裕介のラブラブさと、妻の小川真由美をめぐる対立やそれに基づく仕事での確執は、おもしろい要素になりそうなのに、滝田裕介という地味なキャストのためにおもしろさが感じられず残念。アタマがおかしくなってしまう小川真由美には大映映画的過剰さを感じる。

物語の過剰さといい、ヒロインの暗さといい、もしかしたら『スチュワーデス物語』に連なる特訓ものの系譜として考えるとおもしろいかもしれない。