実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『下町(ダウンタウン)』(千葉泰樹)[C1957-S]

神保町シアターの特集「一年遅れの生誕百年 映画監督千葉泰樹」(公式)で『下町』を観る。1時間に満たない小品ながら、山田五十鈴三船敏郎淡路恵子等、なかなかの豪華キャスト。

シベリアに抑留されて生死もわからない夫を待ち、お茶の行商をして息子を育てている山田五十鈴と、出征中に妻に逃げられたシベリア帰りの男、三船敏郎との淡いメロドラマ。このころのミフネはちゃんとメロドラマもできるようになっていていいですね。山田五十鈴の息子と3人で浅草に遊びに行き、雨に降られて温泉マークに泊まり、川の字に寝ているのに突然山田五十鈴にのしかかるミフネ。いや、ちゃんと事前に了解を求め、断られるのだが、その後山田五十鈴も気づかないうちに移動しているのがすごかった。

しかしこのふたり、最初はあまりそういう展開になるように見えない。なぜなら、ミフネが若い男に見えるのに対して、モンペ姿の山田五十鈴がおばさんにしか見えないからだ。ミフネが29歳で山田五十鈴は30歳という設定だが、実際はミフネ37歳、山田五十鈴40歳くらい。ミフネは30代前半にも見えるが、山田五十鈴はきっちり40歳に見える。戦後4年めの貧しい女としてはリアリティのあるファッションだが、日本的な顔立ちだから10歳若く見せるにはもう少し工夫が必要だと思う。浅草へ遊びに行くのに着た洋服が、寸胴でおばさんくさくてよけいに老けて見えるのが痛々しい。

それはともかく、最初にシベリアというキーワードで親密さを増すところから、簡単に恋愛には発展できないふたりの微妙な心の揺れや、少しずつ盛り上がっていく様子が、ていねいに描かれている。ついついハッピーエンドになってほしいと思ってしまうが、ミフネが黒板に山田五十鈴への伝言を書き込んだときから、あのような結末を迎えるしかない。

山田五十鈴に二号の口を勧める、大家で友人の村田知栄子や、結核の夫の治療費のため、隣の部屋で売春をしている淡路恵子も、ていねいに生き生きと描かれており、自分の手で生活を切り開く女性たちのドラマとしても見ごたえがある。山田五十鈴の子供が、温泉マークに泊まった翌朝、母親と「おじちゃん」の親密さの変化を微妙に感じとっているらしいところなどもちゃんと描かれている。

美術は中古智。山田五十鈴が間借りしている家、三船敏郎の住む小屋など、戦後間もない、下町というより場末という雰囲気の町がいい感じに再現されている。とりわけ、冒頭、山田五十鈴が一軒一軒行商に回る家並みが印象深かったが、あれもセットだろうか。また、淡路恵子の部屋で珈琲を飲んだり、それにしっかり砂糖を入れたりしているのも、ちょっとした贅沢が感じられて興味深かった。