実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『嫁ぐ今宵に』(齋藤達雄)[C1953-28]

フィルムセンターの特集は「よみがえる日本映画」(公式)。映画保存のための特別事業費(2009年度補正予算)によってコレクションに加えられたもの。これはたいへんよい税金の使い方である。

わたしは今日が初参加で、齋藤達雄監督の『嫁ぐ今宵に』を観る。新東宝映画だが、新東宝らしいのは「助監督:石井輝男」というところだけ。齋藤達雄、坂本武、沢村貞子といったキャストから、基本的には松竹っぽいカラー。内容も、小津安二郎の『東京の合唱』[C1931-04]と戦後の娘が嫁にいく話とを足したような感じで、まさに松竹映画。芦田伸介清水将夫が商談するところだけ、思いっきり日活映画。

齋藤達雄の監督作品なんてどうせキワモノだろう(でも観なきゃ)と思いながら行ったのだが、適度に笑いを交えた、なかなか手堅い感じの小品だった。ただ、ちょっと説教臭すぎるのと、主な登場人物がみんないい人すぎるのが難点。正直にまじめに働くのを賞賛するのは、当時の時代的危機感みたいなものもあるだろう。でも「どんな仕事だろうと死ぬ気で探さないとダメだ」などと坂本武に言われると、「わたしも湯たんぽを積んだリヤカーを引くべきか」と思わされ、失業中の身としては耳が痛い。

齋藤達雄や坂本武がいい人なのはいいとして、特にいい人すぎるのが、島崎雪子(齋藤達雄の娘)の婚約者、山内明だというのはいかがなものか。山内明なのにいい人。芦田伸介はしっかり悪者なのに、山内明はいい人。島崎雪子もカマトトなよい子で、いささか魅力に欠ける。

ところで、齋藤達雄と山内明が鳩の街で鉢合わせするシーン、ふつうならそこで誤解が生じてもめるはずだ。「逃げ帰った」とか言われても、島崎雪子だってふつう少しは疑うだろう。なんといっても山内明なんだし。齋藤達雄も、奥さん(細川ちか子)が病気だからそういうところへ行くかもと思ったりして、「おとうさん、不潔よっ」という展開になってもよさそうなのに、なんだか話を進めるために都合よく使われていて釈然としなかった。