実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『インハレーション(都是正常的)』(楊毅恆)[C2010-S]+『タイガー・ファクトリー(虎廠)』(胡明進)[C2010-20]

東京国際映画祭16本めは、シネマート六本木で楊毅恆(エドモンド・ヨウ)監督の『インハレーション』。17本めは、胡明進(ウー・ミンジン)監督の『タイガー・ファクトリー』(公式(海外))。アジアの風・アジア中東パノラマ(TIFF紹介ページ)。

最初に短篇『インハレーション』が上映される。華人の女の子(李鳳芝/スーザン・リー)が日本に密航して、すぐに強制送還されて戻ってくる話。

続いて『タイガー・ファクトリー』。冒頭、『インハレーション』と同じ女の子(李鳳芝)が同じTシャツを着て同じ養豚場で働いていてびっくりする。今回は、彼女の友人の萍萍(ピン)が主人公で、ふたりが日本へ密航しようとする話。友人はお金を用意できているが、萍萍はお金の工面に奔走しなければならない。映画はその姿をドキュメンタリーのように追っていく。彼女は寡黙でがしがし歩き、わたしたちは彼女といっしょにお金の工面に奔走する。彼女のTシャツにいつも大きな汗の染みがあることが、熱帯の街のナマナマしい実感を与えている。

萍萍を取り巻いているのは、とにかく「金がすべて」の仁義なき世界である。萍萍にはおばさんがいるが、彼女は萍萍を助けたり守ったりするどころか、子供を作って売る闇の商売に利用し、生まれた子供は死産だったと騙して報酬をピンはねする。萍萍はおばさんから逃れて日本へ行くため、豚の精液を横流しする。やがてそのようなただの犯罪から、子供を作るパートナーであり、彼女に情報を提供してくれたミャンマー人を売るところまでエスカレートする。良心も金で買えるというわけである。一方、警察も腐敗していて、逮捕されたミャンマー人はまた金で釈放される。おばが姪を、貧しい華人外国人労働者を、弱者が弱者を搾取する、どこにも出口のない世界。

萍萍は、日本へ行けば働いてお金を儲けることができるという漠然とした希望のもとに、からだも心もぼろぼろにして金を工面しようとするのだが、仮に日本へ行けたとしても、その先に希望があるとは思えないのがよけいに切ない。映画の中でも、先に日本へ渡った友人は途中でいなくなってしまう。これと『インハレーション』が同じ話であるとすれば、彼女は強制送還されたことになるが、わたしは渡航時に紹介された(不法就労ではあるが)まともな仕事から、もっと割のいい水商売や売春に鞍替えしたのではないかと思った。密航を斡旋している男も、「どうせ最後は水商売で働くんだ」と言っていたし。

萍萍を演じているのは黎慧敏(ライ・ホイムン)。『RAIN DOGS[C2006-15]で姉妹の妹を演じていた女の子。おばさんを演じているのは蔡寶珠(パーリー・チュア)。『黒い眼のオペラ』[C2006-27]で陳湘蒞をいじめていたおばさん。たぶん『黒い眼のオペラ』を観ているかどうかで、このおばさんに感じるリアリティが違ってくると思う。観ていたら即納得なのである。

ちなみに、中国人というのは他の民族よりも家族や一族や同郷人の結束が固く、犠牲を払っても助けるという神話がある。マレーシアは多民族が融合していないので、華人うしの結束がかたいとも聞く。しかし最近観るマレーシア映画は、一族や華人うしの助け合いなどぜんぜんないようなものが多い気がする。これは現実の反映なのだろうか。

舞台になる街はクラン(Klang)、ミャンマー人たちが住んでいるのはバンティン(Banting)とのこと。

上映後に楊毅恆監督をゲストにQ&Aが行われたが、もう夜中なのでパスして帰る。監督インタビューはこちら(LINK)。