実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『ウィーン物語』(宝木範義)[B1383]

『ウィーン物語』読了。

ウィーン物語 (講談社学術文庫)

ウィーン物語 (講談社学術文庫)

オットー・ワグナー、分離派、シーレ、ウィーン工房、リンクシュトラーセ、カフェ、ウィーン万国博覧会、トーネットの椅子、マーラーなど、わたしが興味のある世紀末前後のトピックをカバーしているのに加え、ハプスブルク家シェーンブルン宮殿、シュテファン大聖堂、バロックモーツァルトシュトラウス、ルエーガーなど、ウィーンを知るうえでは避けて通れない項目もそれなりに書かれていて、かなりバランスのとれた、ちょっと詳しいウィーン入門としては最適な本だと思う。パリとの比較や、ハプスブルク家の広大な支配範囲などへの言及から、ヨーロッパにおけるウィーンの位置づけもわかりやすい。お墓への言及があるのもいい。

一点気になったのは、この本に一枚の地図も付されていないこと。わたしはウィーンの概略をほぼつかんでからこの本を読んだのでだいたいわかったが、よく知らずに読んだら地図がないとわかりにくいと思うところが多々あった。

ところで、わたしは「○○がそれである」みたいな、「それ」を使った翻訳調の文体がきらいだ。日本語の場合、同じ語が反復されていても気にならないのに、「それ」を使うことで逆にそこが浮いて感じられることが少なくない(少なくともわたしの感覚としては)。翻訳の場合には「直訳したんだな」と思って、納得はしないがしかたがないと思うときもあるが、最初から日本語で書かれた文章で出会うと「おい、それやめろ」と叫んでしまう。以前はそれほど見かけなかったように思うのに、最近急速に市民権を得ている気がして懸念している。この本でも、特に多用されているわけではないが、たとえば次の箇所など悶絶した(別の意味でも引用したい重要な箇所であるけれども)。

 画家たちの墓は彼らが住んだ地域に近いヒーツィングに、例えばクリムト、シーレのそれがある。シェーンブルン宮殿の裏手の一画を切り取るようにして、ヒーツィング墓地がつくられているが、シーレのそれはギリシアの墓碑風、クリムトのそれはグスタフ・クリムトと名前が刻まれているだけの簡素なデザインである。……(p. 89)

(なお、ここに書いた固有名詞等の表記は、この本に書かれている表記を踏襲したものである。)