実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『昭和残俠伝 人斬り唐獅子』(山下耕作)[C1969-28]

この三連休は所用で帰省しており、お昼ごろ羽田に到着した。午後は山下将軍に捧げると決めたはずなのに、J先生は勝手に神保町へいづみさまを観に行ってしまう。わたしはキャリーケースを引きずり、コインロッカーを求めて品川へ、目黒へ、そして阿佐ヶ谷へと流れる。今日は死ぬほど寒いうえに荷物で身動きがとれないので、阿佐ヶ谷駅でやっとコインロッカーの空きを見つけるまでに気持ちがささくれ立つ。キャリーケースを殺してわたしも死のうとか、「コインロッカーが空いていない」という理由で国鉄総裁(古い)を襲おうかとか、いろいろ考える。世の中を騒がす犯罪だって、こういう些細なきっかけから生まれるのだ、きっと。かなり時間をロスしたので、焦って2プログラム分のチケットを買いにラピュタ阿佐ヶ谷へ行ったが、ぜんぜん余裕の整理番号。

1本めは、『昭和残俠伝 人斬り唐獅子』。昭和残俠伝シリーズで、唯一山下耕作が監督したもの。のはずだったが、始まったのは『日本俠客伝 昇り龍』。すぐに気づいて変えられたが、上映時間が少しばかり延びたということで、帰りに招待券をくれる。ラピュタ太っ腹。

昭和残侠伝 人斬り唐獅子 [DVD]

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仁侠映画には基本的なモチーフがあり、たいていの映画はそのうちのいくつかを組み合わせて作られている。ところがこの映画は、すべてのモチーフを総動員したかのようである。兄弟分のために引き受ける本当はやりたくない殺し、兄弟分のいる悪い親分の組との対立、立派な親分の正妻になってしまった昔の女、立派な親分と不甲斐ない息子との葛藤……とてんこ盛り。いろいろ入っているぶん、どうしてもひとつひとつはうすくなってしまう。

昭和残俠伝なので、もちろん主役は高倉健だが、この映画の健さんは冴えない。健さんに比べて、圧倒的にいいのは池部良。出番も多いし、これは池部良を堪能する映画だと思う。それから、いつも健さんを助ける親分を演じる片岡千恵蔵。千恵蔵が出る仁侠映画ってあまり観たことがない気がするが、やっぱり画面が締まる。どうしようもなく悪い親分を須賀不二男が演じているのも楽しい。めずらしいところでは葉山良二も出ていた。

ヒロインは小山明子で、悪くはないけどちょっと印象がうすい。最初に健さんが、渡世の義理で彼女の夫の大木実を斬ったとき、「人殺し」って言うところはすごくいいが、そのあと簡単に未練たっぷりなふうになってしまって残念。「山下耕作といえば花」というのは先日初めて知ったが、小山明子のイメージは菊。でも、菊の登場のしかたがけっこうわざとらしくて(『続花と龍 洞海湾の決斗』でもそう思った)、わたしはあんまり感心しない。

健さんはその小山明子にすごくつれないのだが、健さん小山明子の関係と、健さん池部良の関係がリンクしていないのが残念。健さんは止める小山明子を、「そんなにしなくても」と思うほど冷たく振り切って殴り込みに出かけるが、その時点では池部良が組を破門になったことを知らない。だから、小山明子を捨てて池部良を取る、という感じにはなっていない。途中で待っていた池部良が説明する、というのもちょっとぱっとしない展開。山下耕作は体系的に観ていないのでよくわからないが、彼の映画にはあまりホモエロティックな雰囲気はないように思う。ふたりの道行きのシーンから雪になるというのも、絵にはなるけれど、菊の季節の東京ということからするとちょっと不自然な感じも否めない。