実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『次郎物語』(清水宏)[C1955-25]

今日は銀行へ行かなければならない用事があったので、有給休暇を取得した。用事を終えたあと出京し、シネマヴェーラ渋谷の「清水宏大復活!」(LINK)へ。今日は『次郎物語』。

育ての母(乳母)(望月優子)、生みの母(花井蘭子)、義理の母(父の後妻)(木暮実千代)との関係を中心に、小学校入学の少し前から中学1年ぐらいまでの次郎の成長を綴ったもの。次郎が大切な人を次々に失っていく物語だが、最後は、義母をおかあさんと呼ぶまでの話になってしまって(遺作の『母のおもかげ』[C1959-24]もそんな話だったような…)、とりあえずハッピーエンドになるのが気に入らない。登場人物はみんないい人だが、一人だけ悪者というかイヤな奴がいて、それは次郎の祖母である。出演者リストを見せて「誰でしょう?」と言ったら誰でもすぐにわかると思うが、演じているのは賀原夏子。夫が死んでも嫁が死んでも、全然弱る気配もない。映画はとりあえずのハッピーエンドのあと、「次郎の苦難の人生はこれからも続く」(うろおぼえ)という字幕が出て終わるのだが、原作がどんなお話なのかは知らないけれど、少なくともこのばあさんが死ぬまでは苦難の人生は続くだろうと納得させられる。

このばあさんは、息子である次郎の父(竜崎一郎)や孫の次郎の女性観に大きな影を落としているようで、二人とも(ばあさんとは反対の)優しくてきれいな女性に目がない。おとうさんは妻が病死すると速攻で後妻を貰い、しかも花井蘭子から木暮実千代へとランクアップしている。次郎は、友だちのお姉さん(池内淳子)に優しくされたらすぐに参ってしまう。友だちにかこつけて会おうとするのがふつうだと思うが、友だちそっちのけでいきなりお姉さんに会いに行くのがすごい。

小学校までの次郎を演じている大沢幸浩くんは印象に残り過ぎ、中学時代の次郎を演じる市毛勝之くんは印象に残らな過ぎ。果たして変える必要があったのか疑問である。全体に地味目なキャストの中で、「助監督:石井輝男」というのが一番派手な気がする。

いつもの清水以上に横移動満載。旧家の大きなお屋敷が舞台なので、いつもの家の中の横移動も多いが、外のシーンでも横移動が多い。手前に大きな木など視界を遮るものがどーんとあり、その向こうを小さく、主人公が歩いたり馬車が走ったりしているのがおもしろかった。

池内淳子不在の橋のシーンは、事前に『[映畫読本] 清水宏 - 即興するポエジー、蘇る「超映画伝説」』[B308](asin:4845900076)の石井輝男インタビューで読んでいたので、「ああ、このシーンか」と思いながら観たが、ちょっとあざとい感じがした。アイディアはいいのだが、もう少しロングで撮ったほうがよかったのではないか。

清水宏の映画を概観すると、戦前がすばらしくて戦後はいまいちである。その理由を考えてみると、松竹を離れたためキャストがいまいちというのもあるが、ユーモアや笑いがなくなったのが大きいと思う。『小原庄助さん』[C1949-13](asin:B000J4OZQC)あたりまでは笑いがあるけれど、このあたりから泣ける話が多くなってくる。ほかの映画もそうだが、この『次郎物語』にしても、かなり淡々と撮っていて全体としては悪くない。しかし笑いがない分、叙情過多に感じられるし、会話のシーンで、ここぞというところにクロース・アップが多用されているのも気に入らない。音楽も盛り上げ過ぎで、オープニングの「次郎、次郎♪」というヘンな歌には閉口した。