実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『霧の音』(清水宏)[C1956-36]

同じくフィルムセンターの特集「よみがえる日本映画」(公式)で、清水宏監督の『霧の音』を観る。

昨日、『サヨンの鐘』[C1943-13]をちょっとだけ観て、清水宏エキスを注入して臨んだ未見作。白樺の林の横移動に始まり、白樺の林の横移動に終わる。まさに至福のとき

信州の山小屋を舞台に、3年ごと、4回の中秋に、その山小屋を訪れたり訪れなかったり、会えたり会えなかったりする男女のすれ違いを描いたもの。場所は山小屋とその周囲のみ、時は4回の中秋のみ、きわめて限定された時空間で、一組の男女の10年を描ききる。たわいないメロドラマに見えて、なかなかの力作だと思う。

男女を演じるのは、上原謙木暮実千代上原謙はだいぶん衰えてはいるが、まだまだ二枚目。しかしどうも彼にはメロドラマが似合わない。淡々としていてドラマチックになり過ぎないのはいいけれど、どうも情感がない。ときめきや切なさを感じさせない。苦悩にリアリティがない。単にダイコンのひと言で片づけていいものだろうか。苦悩する上原を見ながら苦悩するわたし。ちなみに加山雄三は、上原の美貌は受け継がなかったのに、演技力のなさは受け継いでしまったんだね。

木暮実千代。戦前の彼女を彷彿させる地味な雰囲気で登場。ファッションをはじめとするそのおばさんくささに、一抹の不安をおぼえる。ところが3年後、芸者になって登場した彼女は完璧。きれいで艶やかで板についている。この人はほんとうに着物が似合うし、芸者が似合う。さらに3年後の人妻役もよかった。若い盛りのころよりちょっと歳をとってからのほうが魅力を発揮した稀有な女優である。

ところで上原は植物学者という設定だが、最初に山小屋にあった本が専門的でなさそうだったのと、ずっと大学の先生かなにかをしているみたいなのに、歳をとってから博士号とかあり得るのかが気になった。