実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『人情馬鹿』(清水宏)[C1956-39]

神保町シアターの特集「川口家の人々」(公式)で、清水宏監督の『人情馬鹿』を観る。

清水宏大映第一作。大映での作品には、新東宝時代にはあったユーモアがほとんどみられない気がする。とりあえず、お客を呼ぶ気がないようなタイトルがひどい。

キャバレーの歌手・角梨枝子に入れあげた菅原謙二が顧客の金を横領してつかまり、角梨枝子が被害者たちに示談にしてくれるよう頼んでまわる話。角梨枝子は菅原謙二が好きなわけでもなく、自分のせいだと責任を感じているわけでもない、という点はおもしろい。しかし、ただ菅原謙二の母親の滝花久子が気の毒で、いいことをしてみたくなっただけ、というのは情緒的すぎる。しかも、様々な人が彼女に「なぜそこまでするのか?」と問い、いちいち「いいことがしたくなった」「ほんとうのことをしてみたくなった」と説明するのもくどすぎる。被害者やその家族に、進藤英太郎船越英二浪花千栄子といった大物を配しているが、その掛け合いもいまひとつである。

しかしながら、キャバレーや角梨枝子のアパートの、なんとなくモダンな雰囲気が印象に残る作品である。戦前の清水作品にも、ストーリーはいまひとつ説教くさいけれど、モダンな雰囲気が忘れがたいというものがけっこうあるが、そういった作品とのつながりを感じさせる。キャバレーでのペギー葉山の歌を一曲まるまる見せるオープニングや、不起訴になってキャバレーにやってきた菅原謙二が言葉を発するまでの間や、彼が夜の街をとぼとぼ歩み去っていくラストなどもいい。角梨枝子はけっこうふっくらしていて、かなり木暮実千代に見えるが、退廃的な雰囲気と颯爽とした身のこなしが同居していて、なかなかの好演だと思う。