実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『夏目漱石の三四郎』(中川信夫)[C1955-09]

シネマヴェーラ渋谷の特集「中川信夫の全貌」(公式)で『夏目漱石三四郎』を観る。4年ぶり三度め(二度めの感想はid:xiaogang:20080906#p1)。

  • 主人公の三四郎を演じる山田真二は、これ以外で見た記憶はないけれど(見ていることは見ているようだ)、なかなかハンサムである。その彼の、アップ気味のショットが多数。なるほどこれは、山田真二のアイドル映画である。
  • ただしそれが成功しているかといえば疑問である。三四郎はたぶんけっこうイケてるのに、東京に出てきたばかりで都会や女性に慣れていないので、自信がなくておどおどしている。見ているほうはハラハラさせられるが、それがかわいらしくて彼を応援したくなってしまう、というねらいなのだと思うが、おどおどしているのが単に演技のまずさに見えてしまう。そのため別の意味でハラハラさせられ、三四郎の言動との相乗効果でイライラし、なんとなく応援する気がそがれてしまう。
  • わざわざタイトルにまで「夏目漱石の」とついているけれど、これはあまり「夏目漱石の」映画化だと思って観ないほうがいい。原作を意識すれば、八千草薫の美禰子も笠智衆の広田先生もとんでもなくミスキャストである。しかし、原作の美禰子と広田先生のことを忘れればそれなりに楽しめる。
  • わたしは原作の美禰子がかなり好きなので、八千草薫の美禰子は許しがたかった。しかし美禰子の生意気で高慢ちきなところはよく出ているので、そういう女だと思って観ればいいと思う。でもやっぱり、八千草薫の美禰子も、男がみんな八千草薫を好きなのも許しがたい。
  • 広田先生に関しては、原作のことはすっぱり忘れたほうがいい。原作の広田先生は偉いインテリだと思うが、映画の広田先生は笠智衆演じるところのただのヘンな人なのだ。それは三四郎と初めて会うシーンで、頭の中が広いとか日本が滅びるとかの台詞を捨て、桃や豚の話ばかりさせるところからみても明らかである。だからあらかじめもっている広田先生のイメージはすっぱり忘れ、笠智衆=広田先生のヘンさ加減を楽しむことが肝要である。今回やっとそのことに気づいてすっきりした。
  • ちなみに原作のイメージを壊さずに好演しているのは、岩崎加根子のよし子と江原達怡の与次郎。
  • キャストや原作の脚色には文句たらたらなのに、三度も観るほどこの映画が好きなのは、玉井正夫撮影の端正なモノクロ映像のためだと思う。どこで撮ったのか知りたい、違和感のない明治の街並みや、三四郎の下宿、野々宮や広田先生の家などのたたずまいもすばらしい。
  • 原作は忘れると言いつつやはりこだわるのだが、映画は青春恋愛ものとして描かれていて、それはそれでいい。しかし、20円や30円が行ったり来たりするところがあざやかに強調された、成瀬巳喜男の『三四郎』をぜひ観てみたかったと思うのである。