実録 亞細亞とキネマと旅鴉

サイトやFlickrの更新情報、映画や本の感想(ネタばれあり)、日記(Twitter/Instagramまとめ)などを書いています。

『それから』(森田芳光)[C1985-04]

銀座シネパトスの特集「追悼 森田芳光」(チラシ)で『それから』を観る。15年ぶり四度めらしいが、前回1997年に観たのは記憶がない。

それから [DVD]

それから [DVD]

言うまでもなく夏目漱石の『それから』の映画化。森田芳光監督の映画は半分も観ていないが、これだけ突出して好き。文句を言いたい点もたくさんあるが、それは最小限にして好きなところについて書く。

まず第一に、原作が好きだ。好きな小説の映画化作品は評価が厳しくなったりもするが、これは合格点。漱石が書いた文明批判などは描けていないが、三角関係の恋愛映画的な側面に特化したことで、逆に成功していると思う。ただもう少し、お金の話を強調したり、代助のライフスタイルをじっくり見せてもいい。

さらにちょっとだけ文句を言うと、小説は三人称だが代助の視点であり、代助の見たこと、聞いたこと、体験したこと、考えたことのみが書かれている。しかし映画には、代助は知らない三千代や平岡のシーンがあって、その点違和感がある。また、原作からもってきていない創作の部分の台詞などがことごとく変なのが残念。

第二に、俳優がいい。まずは主人公の代助を演じる松田優作がすばらしい(間違いなく彼の最高傑作)。現代とは少し違う言葉づかいや、小説からもってきた台詞のために、多くの登場人物は多少芝居がかって見えるが、終始ボソボソしゃべる松田優作だけはそういう不自然さがなく、極めて現代的である。現代的というのは、最近の時代劇のような、人物が現代劇みたいで変というのとは反対で、昔の人物を演じているのに古さを感じさせないところが、逆に当時の世界に馴染んでいる。次に三千代を演じる藤谷美和子。彼女もほとんど囁くように話し、その儚げなたたずまいがすばらしい。平岡を演じる小林薫は、最初のほうはちょっと芝居じみていて違和感があるが、終盤の会話シーンなどはなかなかいい。

第三に、美術や衣装や音楽。特に代助の家と三千代の家のたたずまいが好きだ。わたしは出てくる家やインテリアが気に入った映画にはとても甘くなる。厳密な時代考証よりも雰囲気重視だと思うが、それはそれでいい。代助の家の和洋折衷のモダンな感じや中庭から入る明るい日差し、三千代の家の下町っぽい立地や、ありきたりな和風建築の薄暗くしんとした雰囲気や縁側の感じなどがとてもよく、そこにラムネや風鈴といった小道具が生きている。梅林茂による音楽もいい。『花様年華』[C2000-05]ですっかり有名になり、今では世界的に活躍しているが、その名前を初めて認識したのがこの映画だった。控えめな音楽のつけかたも好ましく、雨の音や虫の声などの音が効いているのもいい。

第四に会話シーン。この映画は、原作から会話部分を取り出してきたような構成で、ほとんどが二人ないし三人の会話シーンで成り立っている。特に終盤の、代助と三千代、代助と平岡などの重要な会話シーンは、俳優と美術と音によって作られた濃密な空間のなかで、ほとんどカメラも動かない長回しの会話で空気がどんどん濃密になっていく感じが魅力的。もちろん原作の言葉づかいの魅力によるところも大きいので、特に必然性なく(現代ではわかりにくい言葉だったり、声に出したときの言い回しの問題だったりするのだろうが)、原作の台詞を細かいレベルで変えるのはやめてもらいたかった。

久しぶりにスクリーンで観て堪能したが、シネパトスのスクリーンはあまり大きくなく、期待したほどには浸れなかった。もっと大きなスクリーンで、できれば梅雨の時期にまた観たい。

ところで、三千代の兄の菅沼は映画にはほとんど出てこないが、代助と菅沼と三千代の関係は、『麦秋』[C1951-02]の二本柳と原節子の兄と原節子の関係と同じだ。とすると、代助と平岡のあいだにはアヤしい雰囲気はないが、代助と菅沼のあいだにはあったんじゃないかと勘ぐりたくなる。