実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『昭和おんな博徒』(加藤泰)[C1972-19]

シネマヴェーラ渋谷(公式)の特集「加藤泰傑作選」で、『昭和おんな博徒』を観る。2回め。

親の仇と間違えて松方弘樹を殺そうとした江波杏子は、松方の家に居候するようになってふたりは惹かれあうが、彼女がカタギのお嬢さんなので、松方は決して手を出さない。そこで江波杏子は背中に刺青を入れてカタギではなくなり、ふたりはめでたく結ばれる。というのが前半の物語。これはこれですばらしく、あまり感情を表に出さない松方弘樹や、常に緊張感の漂うふたりの対面に、抑制された情感が漂う。陸橋の上で江波杏子が身の上話をするローアングルの長回しのシーンもいい。

しかしこれはあくまで表の物語である。これは加藤泰の映画であるから、裏にはもっと別の物語がある。江波杏子が刺青を入れたほんとうの理由は、刺青の魅力に憑かれてしまったからだ。松方弘樹の背中の刺青をはじめて見たときの彼女の目つき。明らかに尋常でない。しかも見つめている時間が異様に長い。彫師の汐路章も、表向きは彼女の話に納得して刺青を彫るが、実は彼女の肌を見て彫りたくなったに違いない。意味ありげなうなじのショット。これはそんな刺青フェチ映画なのである。

江波杏子松方弘樹はめでたく結ばれるものの、松方は彼の跡目相続に反対する兄貴分の渡辺文雄によって殺される。江波杏子によるその復讐劇が後半の物語。一見任侠映画のように見えて、実は仁義や義理ではなく、あくまでも個人の愛情に基づいて動く復讐物語である。

少し物足りなく思うのは、江波杏子は復讐のために渡世の修業をするけれども、アクションばりばりの女侠客に生まれ変わったわけではないので、立ち回りなどで魅せてくれるわけではないということ。ピストルを使うのは止むを得ないとは思うが、ちょっと使いすぎだと思う。ところで、ドスの練習をするシーンがあると思っていたけれど実はなかった。それってもしかして『修羅雪姫』だったのかな。もうひとつ物足りないのは江波杏子の顔。安田道代だったらもっとよかったのではないかと思うのだけれども。

前半の舞台は芝浦だが、ぜんぜんそういう感じはしない。何度も出てくる坂道で、汽笛が聞こえて汽車の煙だけ見えるのが印象的だった。

キャストは全体的に地味だが、いろいろ工夫があって楽しい。まず、山本麟一と遠藤辰雄。どちらもいい役も悪役もする俳優だけど、今回はやまりんが悪役で遠藤辰雄はコミカルな役。やまりんはいつものようなハンパな悪役ではなく、内田朝雄や金子信雄がやるような、陰で操る親分役。やまりんの顔の冷酷な面がうまく出ていて、なかなか大物っぽくていい感じ。遠藤辰雄松方弘樹の弟分で、なぜか一緒に住んで身の回りの世話をしている。といっても遠藤辰雄だからアヤしい雰囲気は皆無で、腕っ節は弱いしメシはまずいし、ぜんぜん役に立たない。アニキがチンピラに襲われたときは、なんとう○こをしていたのだ。J先生必見。悪役のイメージが強い汐路章が、豪快な雰囲気の彫師でいい役なのもめずらしい。めずらしいといえば天知茂。一宿一飯の恩義で松方弘樹を斬るが、のちに江波杏子を助ける超渋い役。実はあまり好きではないけれど、なかなかの好演だった。