実録 亞細亞とキネマと旅鴉

サイトやFlickrの更新情報、映画や本の感想(ネタばれあり)、日記(Twitter/Instagramまとめ)などを書いています。

『義兄弟(의형제)』(張稃)[C2010-29]

朝から出京して新宿へ。伊勢丹周辺は、映画館がたくさんあるのに朝からごはんが食べられるところがなくて困る。やむを得ず、伊勢丹の地下で昼ごはん用のパンを仕入れてシネマート新宿へ。始まるまでに食べて、チャン・フン(漢字表記は張稃で正しいのだろうか?)監督の『義兄弟』(公式)を観る。

韓国の元国家情報員と北朝鮮工作員が主人公で、タイトルが『義兄弟』だったら、当然期待するのはいわゆる「男たちのホモソーシャルな絆」というやつである。すなわち、時として敵対する関係にある二人の男が、互いに相手の実力や人格を認め、自分と相通ずるものを感じるうちに友情や連帯感が芽生える。ふたりは熱く見つめあい、限りなくホモセクシャルに見えるが、決してホモセクシャルではない、というやつである。『モンガに散る』[C2010-07]ホモセクシャル×片思いという別の路線に走っていたので、東映仁侠映画から香港ノワールへと続く伝統は韓国映画のなかに生きているかもと期待に胸はふくらんだ。

しかしわたしは、とても重要なことを見逃していた。元国家情報員を演じるのがソン・ガンホ(宋康昊)だということを。彼を相手に「熱く見つめあう」ことなど不可能だし、されても困る。したがってこの映画には、そういった甘く危険なかほりは皆無である。残念だ。またふたりの絆も、年長の元国家情報員のイ・ハンギュが若い北朝鮮工作員ソン・ジウォン(カン・ドンウォン)を庇護するような感じで、対等に相手を認めあう関係とは異なる。

そういった事前の期待を除けば、この映画では、ふたりとも相手の正体を知っていて、しかも相手も知っているということを知らない、というふたりの関係がユニークである。ソン・ガンホは、いつものようにシリアスな物語に無理なく笑いを導入しているし、ぜんぜん笑わず何を考えているのかわからないカン・ドンウォン(ネット上には姜東元と姜棟元の二種類の表記があるけどどうなの?)も、不気味な感じで悪くない。

南北問題が絡む映画は韓国独自のジャンルだが、少なくともこの作品においては、政治や思想の問題ではなく、対立する関係をリアルに描き出すための装置であるように思われる。工作員が、イデオロギー云々よりも家族を人質に取られて任務の遂行を余儀なくされている点や、南北の関係が良好になると国家情報員がリストラされるといった点は、なかなか興味深かった。

よくないのは、まず過剰な音楽が物語を盛り上げているところ。そして、ふたりの行動のモチベーションが家族であるというところ。今の日本には、家族の絆だの家族愛だのを前面に出した映画やドラマがあふれていて(たった15分間に毎日10回くらい家族、家族と叫んでいる(気がする)朝ドラとか)、わたしは心底うんざりしている。そりゃあ家族も大切だし、北の工作員に対して共感を得やすいといった営業上の理由もあるのだろうが、「家族はもういいよ、個人として生きている人の話が観たいよ」とわたしは思う。

ソン・ジウォンには、家族のためという以外に、いちおう「(相手が誰であれ)裏切り者にはならない」という行動原理があるようだったが、理由づけが乏しくいささか唐突に感じられた。また、家族が脱北したあとの彼は、全く裏切り者にならずには生きられないはずだが、そのあたりはうやむやにハッピーエンドになってしまって残念。