実録 亞細亞とキネマと旅鴉

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『貴族の階段』(吉村公三郎)[C1959-39]

今度は神保町へ移動して、神保町シアターの「男優・森雅之」特集へ行く。映画は吉村公三郎監督の『貴族の階段』。同じく1959年の映画だが、またまたうってかわって今度は二・二六事件もの。二・二六事件貴族院議長の公爵家を中心に描いたもので、これは今日観たなかでいちばんおもしろかった。

青年将校の側から二・二六事件を描いたものにはあまり興味がもてないが、これは襲われる側から描かれている。理想とか思想とかではなく、不穏な空気が広がっていく時代を、公爵やその子供たちがどのように渡っていこうとするのかというようなところが描かれていて興味深い。

映画は基本的に公爵の娘の視点で語られているので、時代の不穏な空気と並行して、貴族の優雅な暮らしや、良家の令嬢ばかりの女学生(名前は変えてあるけれど学習院)のきらびやかな雰囲気も描かれているのも興味深い。一見、乙女チックなようでいて、女学生のわりに時代や家族を見る目がクールなのがおもしろかった。

半分くらい近衛文麿がモデルと思われる色好みの公爵に森雅之。はまり役。ヘンな宗教にはまっているその妻に細川ちか子。「お父さまには第一悪魔が取り憑いています」等の台詞に爆笑。自分の出自に悩んで軍人になり、青年将校の仲間に加わるナイーヴな長男、義人に本郷功次郎。語り手である長女、氷見子に金田一敦子。森雅之をかつごうとする陸軍大臣に、かなり化けた滝沢修ちあきなおみが『喝采』を歌いながら下りてきそうな西の丸家のすごい階段(タイトルにもなっている)から転げ落ちたり、森雅之の父の西の丸公(志村喬)から「下品でアタマが悪い」と言われる楽しいキャラクター。望みを叶えるには「貴族ののっぺりした顔が必要」と言う台詞があるが、化けなければ滝沢修のほうが森雅之よりよほどのっぺりしている。その滝沢修の娘で、本郷功次郎と愛し合っていながら森雅之に手をつけられてしまう節子に叶順子。氷見子は節子よりも劣る必要があったのだろうが、金田一敦子よりもう少し魅力的な子だとよかった。

氷見子が節子を「お姉さま」と慕いながら、節子と兄、義人がくっつくことには全面的に賛成している点や、義人が父と節子の関係を知らないまま二・二六を迎えるところなどはちょっと不満。

映画のあとは、スヰートポーヅで餃子を食べて帰る。