バンガロールに来ちゃったの

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『マキノ雅弘 - 映画という祭り』(山根貞男)[B1319]

マキノ雅弘 - 映画という祭り』読了。

マキノ雅弘―映画という祭り (新潮選書)

マキノ雅弘―映画という祭り (新潮選書)

マキノ雅弘(マキノ正博)についての本だが、批評というより「好きな映画について熱く語りました」という感じの本。未見の映画への言及が多く、読んでいるとものすごくおもしろそうで、ものすごく観たくなる。あとがきに

 映画の面白さの代名詞なのだから、とにかくマキノ作品の好きなシーンについて、どう面白いのかを語ろう。その作品を見ている人にも見ていない人にも、楽しさを感じ取ってもらえるように描写して、ぜひ、もう一度、あるいは初めて、その映画を見たくなるように努めよう。……(p. 300)

と書かれているが、これは成功しているといえよう。

しかしながら、取り上げられている映画は1950年代のものが多い。従来、50年代のマキノは停滞期といわれていたが、最近は、山田宏一氏をはじめとして、「そんなことはない。50年代のマキノもすばらしい。特にすばらしいのは『次郎長三国志』シリーズで、これは正当に評価されていない」といった説が主流になりつつある。この本もそのような論調で書かれており、『次郎長三国志』シリーズに一章が割かれている。わたしも『次郎長三国志』シリーズには一目置いている。しかし絶賛されているのを読むと、「それほどかなあ」というのが正直なところである。少なくとも、マキノの代表作だとは思わない。

戦前や60年代のマキノ映画には全然無駄がない。ラブシーンなどはくどめにはなるが、くどいとかはづかしいとか思わせる寸前の絶妙さで印象に残る場面に仕上がっており、これはマキノにしかできない名人技である。しかもほかの部分に無駄がないから、情緒的なシーンが生きてくるわけである。でも50年代の映画は、やっぱりちょっとくどくてまだるっこしいと思う。

マキノの映画にリメイクが多いこともこの本でふれられているが、たとえば『彌太郎笠 前篇 後篇』[C1952-17]と『弥太郎笠』[C1960-37]では、上述したような意味で『弥太郎笠』のほうがずっといいと思う。しかしこの本で主に取り上げられているのは前者。そして上述したように、その記述を読むとものすごくおもしろそう。ということは、読むとすごくおもしろそうに感じるほかの映画も、観てみるとそれほどでもないのかもしれない。でも観たいですね。新文芸坐で特集上映をやっているが、こんな日替わりメニュー、勤め人にはぜったい行けない。たいていは録画のDVD-Rをもっているはずなので、そのうち観てみようと思う。

この本は、祭り、歌、ヒーロー、ラブシーン、リメイクなど、マキノ映画を語るうえで興味深いキーワードでまとめられているが、上述したようにそれらについて思いつくまま熱く語っている。もう少し分析的に論じてくれるとうれしい。

ところで、マキノの助監督を務めたことのある岡本喜八が書いたエッセイが引用されているが、「今のようにリコピーなどという文明の利器はないから」って、リコーからなんかもらったのだろうか。